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まんが原画の保存に25年間、心血を注ぎ続ける美術館があった――ニッポンの漫画を文化遺産として残す為の“国内最高峰の原画収蔵システム”「マンガの蔵」に迫る

ニコニコニュース / 2020年9月29日 11時50分

 3500万円――2018年パリのオークションで『鉄腕アトム』の原画“一枚”につけられた値段だ。2019年には大英博物館で国外最大規模のマンガ展「The Citi Exhibition Manga」が開催され、いまや海外のコレクターにとって、日本のマンガ原画は大金を払っても手に入れたい美術品として見られている。
 日本のマンガ文化が世界に認められた一方で、これは貴重な文化遺産が国外に流出する危機とも言える。もし、マンガ原画がオークション等で海外に流出し続けたら? 原画はすべて“お金持ちのコレクション”に収まって、最悪の場合、行方不明になってしまうかもしれない。

 「クールジャパン【※】でマンガを海外に売り込む一方で、自国の原画はないがしろにされている」。 海外からこのような印象を抱かれたとしても仕方がない。

※クールジャパン
2010年、国内人口の縮小によって内需が減少したため、海外需要の獲得と共に関連産業の雇用を創出するために、経済産業省が打ち出した政策。 映画・漫画・アニメ・ゲームなど日本のサブカルチャーをはじめとしたコンテンツで日本の経済成長を実現するブランド戦略。

 信頼できる公的な機関で原画を保護する取り組みはないか?
 筆者はマンガ原画を取り巻く状況を調べるなかで、ある美術館の存在を知った。「横手市増田まんが美術館」は、クールジャパンが提唱されるより以前、25年前から秋田県で粛々と原画保存に取り組んできている。

横手市増田まんが美術館 外観
(写真提供:横手市増田まんが美術館)

 現在、まんが美術館は文化庁が打ち出した「メディア芸術連携促進事業【※】」のなかで、マンガ原画を文化遺産として保存・管理する国家プロジェクトの旗手の役割を担っている。

※メディア芸術連携促進事業
文化庁で行われている、マンガ、アニメ、ゲーム及びメディアアートにおいて必要とされる新領域創出、調査研究等について、分野・領域を横断した産・学・館(官)の連携・協力により,恒常的にメディア芸術分野の文化資源の運用・展開を図る取り組み。

横手市増田まんが美術館の収蔵作家一覧。赤塚不二夫や、モンキー・パンチなど巨匠たちがその名を連ねている。

 まんが美術館の公式サイトで確認できる「収蔵作家一覧」には、『東京タラレバ娘』『海月姫』などヒット作を連発する当世の流行作家、東村アキコのような人物から『釣りキチ三平』で知られる矢口高雄のような漫画界のレジェンドまで、総勢179名のそうそうたる名前が並んでいる。

 なぜ、いち地方美術館が国家プロジェクトの旗手の役割を担っているのか? なぜ漫画界の巨匠たちは、この美術館に原画を預けているのか?
 疑問を抱きつつ取材依頼を兼ねて美術館に問い合わせたところ、美術館は財団と横手市によって共同で運営されており、なんと原画保存プロジェクトの最前線でリーダーシップを発揮しているのは漫画家でも学芸員でもなく、2020年3月まで横手市まちづくり推進部に籍を置いていた元市役所職員とのことだった。

横手市増田まんが美術館 館長 大石卓氏

 いち市役所職員だった人間が、国家プロジェクトの先頭に立って奮闘している。
 ちょっと信じられないような話だが、その元市役所職員、現横手市増田まんが美術館 館長である大石卓氏に原画保存プロジェクトについてインタビューするなかで、氏の熱意に触れるとそれが事実だと確信させられた。

 3時間に及んだインタビューでは、「100年先を見据えた国内最高峰の設備での原画保存の方法論」「原画の価値が日本で軽視されてきた歴史的な背景」だけでなく、「なぜ、秋田の地方美術館が国家プロジェクトを担う存在になったのか」というそもそもの経緯や「市役所職員だった大石氏がマンガ原画の保存に関心を抱いたきっかけ」といったパーソナルな話題にまで話が及んだ。
 大石氏が原画保存に関わりながら、「原画が海外に渡ることがだめだとは、基本的に思ってない」と一見矛盾しているように聞こえる意見の真意も、取材で明らかになっている。

 そこには25年間という歳月を、ひたすら愚直に泥臭く歩んできた人間たちの熱いドラマがあった。
 本記事では具体的な取り組みだけでなく、その熱気も含めて、余すことなく伝えられればと思っている。

取材・文/トロピカルボーイ
撮影・編集/金沢俊吾
監修/腹八分目太郎


 秋田駅から電車で1時間半、横手駅からさらに車で30分。

 田園風景の中を進んでいくと昨年2019年5月にリニューアルオープンした「横手市増田まんが美術館」が現れる。

(写真提供:横手市増田まんが美術館)

 入り口では、大石氏が我々取材陣を出迎えてくれた。

――本日はお忙しいなか、取材に応じていただきありがとうございます。さっそくですが、入ってすぐに存在感抜群の展示がありますね……。

大石:
 館内は、マンガ原画を生かした展示をふんだんにおこなっています。この巨大な壁「マンガウォール」は日本を代表する作家の方々のヒトコマを集めたものです。

高さ約10メートル、幅約7メートルの「マンガウォール」

――うわっ、普通にマンガがめちゃくちゃたくさん置いてある。これ全部、ここで読んでもいいんですか?

大石:
 こちらにあるのは「マンガライブラリー」と言いまして、およそ2万5000冊そろえています。もちろん自由に読んでいただけますよ。あちらで、寝転がって読むことも出来ます。

――それ、最高じゃないですか! マンガって読んでるとついつい寝転がりたくなるんですよね。

大石:
 館内のあらゆるところに“マンガ”ならではの楽しみを散りばめています。ぜひ、探してみてください。

 大石氏による館内の案内のあと、いよいよ原画保存の作業場に足を踏み入れた。

原画保存の心臓部、アーカイブルームの全貌

大石:
 こちらがアーカイブルームです。原画保存の作業を行っている、心臓部ですね

 基本的に“見せる収蔵庫”にしたいというコンセプトは先に据えていたので、ガラス張りにさせていただきました。大切な原画が保存されている息遣いを感じていただければと思っています。

 いま、女性のスタッフが原画の受け入れ作業をしています。届いた原画について、それが単行本の何巻の何ページに該当するのかチェックしています。

 チェックが済んだら、アーカイブルームに原画を移してスキャンしていくのですが、その様子もすべて見ていただこうということで、こちらもガラス張りにしています。

――見ているだけで気が遠くなる作業ですね。僕みたいないいかげんな人間にはとても務まりません。

大石:
 いや、僕も結構いいかげんですよ(笑)。

一同:
 (笑)

――「原画のスキャン」とは、具体的にはどういった作業なのでしょうか。

大石:
 まず一枚ずつ、原画の状態を台帳に入力していく作業があります。たとえば、この原画の情報とは何かというと、「ナンバー20」という書き込みがあります。次に「P112」という書き込みがその下にあります。こういった原画に残されている細かい情報をすべて入力していく作業です。

マンガ家、土山しげるの原画の端に書かれた情報を台帳に記録していく。

――ただ原画を保存するだけでなく、小さなメモ書きも記録していくということですか!?

大石:
 そうです。例えば「セロテープの跡が原画の右にある」とか……原画のすべての情報をパソコンに入力する必要があります。

――メモ書きも情報とみなすのは理解出来ますが、セロテープの跡まで記録していくとは……。

アーカイブルームに掲示された情報入力の手引。保存する情報の精度の高さがうかがえる。

大石:
 一つひとつ原画情報を入力するのは、原画を見なくても、パソコンの台帳上の情報で原画の状態が確認できるようにする必要があるからです。

――はじめの一年は原画だけスキャンして保存していたが、「他の情報も必要」となればもう一度始めからやり直し……ということはあったりしたのでしょうか?

大石:
 いえ、最初からこの形でいこう! というスタンスだったので、そういったことで作業が戻ることはなかったです。

――マンガ原画の状態をテキストで残しておくと具体的にどのようなメリットがあるのでしょうか?

大石:
 本館で収蔵したときにどういう状態だったかをホルダーである作家さんや出版社の方々と共有し、「私たちがお預かりしたときにはこういう状態でした」というエビデンスにする役割があります。また、原画を他に貸し出す際などには、原画がどういう状態であるかを台帳情報により確認することができます。

――それらの情報がまとめられているのが、このシートというわけですね。ちなみに一日にどれぐらいの枚数をスキャンするんですか?

マンガ家、東村アキコの『きせかえユカちゃん』のシート。「テープ貼りつけあり」、「トレペ全体指示」等膨大な情報量だ。

大石:
 我々は、1200dpiという少し高い解像度でスキャンするので、1枚10分かかるんですよ。
 あとは単純計算です。10分なので1時間で6枚、7時間で42枚、それが2人だったら84枚、そういう計算でいいです。
 もし、400dpiの場合でしたら、1枚あたりのスキャニングにかかる時間は単純に3分の1の3分半になります。

dpi(dots per inch)。1インチ(2.54cm)あたりのピクセル数のこと。72dpiの場合1インチあたり72ピクセル×72ピクセル=5184ピクセルという計算になる。
印刷の場合300dpi、webの場合は72dpiあれば十分とされることが多い。

――ハイエンドなコストがわかれば、後に続く人たちの指標になりますよね。原画に関する情報をパソコンに入力したら、次はどういった工程に移るのでしょうか?

大石:
 スキャンをしたら、単行本1巻ずつに整理した状態に戻して収納します。そのとき原画のあいだに中性紙素材でできた間紙(あいし)をはさみます。

 中性紙を使用する理由を説明しますと、結局紙が劣化するのは、紙がどんどん酸性化するからです。それを少しでも抑制するために、間紙を一枚一枚間に挟んでいきます。当然、原画の癒着も防止する意味もありますね。

――作者から送られて、ここに原画が届いたときには既にバリバリに癒着してしまっていたり?

大石:
 もちろんそういうこともあります。やっぱりホワイト(修正液)がくっついてたりとか……昔の原稿だと、セロテープが当たり前に貼られてますからね! セロテープの糊が浸透して他の原稿にくっついてしまうこともあります。
 収納の前に、一話分の原画は間紙をはさんで中性紙で出来た封筒に入れます。この封筒、一枚200円です(笑)。

――封筒一枚にしては、なかなかのお値段ですね。

大石:
 ちなみに、間紙は1枚10円です(笑)。一話で原画19枚とすると、単行本一巻で大体平均200枚です。
 一話分が入った封筒を重ねて、さきほどのグレーのボックスに保存します。ボックス一つは単行本一巻分なんです。そしてグレーのボックスは、一個3000円するんですよ。

――これだけ手間暇やお金がかかるとなると、コスト重視で原画のスキャンだけをしていく考え方もあったのではないでしょうか?

大石:
 公費をかけて何かを保存するとき、まず原画をどういう位置づけにするかが重要です。歴史的に見た場合、マンガ原画はマンガを支えた文化遺産だと確実に言えるでしょう。
 さらに、マンガ原画はその作家を生んだ地域の文化遺産である、という位置づけをすれば、あとはどのようなレベルで大切に預かるのかを考慮してコストを決定していきます。

 この美術館で原画の保存をやろうと決めたときから、いろんな要因が重なり合っているので単純に「これでいいかなと思ったので」というわけではないです(笑)。

――原画保存についてのレベルを決めるにあたって、他の文化財の保存方法で参考にしたものはありましたか?

大石:
 絵画作品を扱っている秋田県立近代美術館が近くにありますので、そこの学芸員さんに会いに行って勉強しましたが、やっぱりマンガ原画は絵画作品と同じような扱いはできないと思いました。
 いわゆる「一枚絵」として描かれる絵画作品は、一枚ずつきれいな中性紙のピュアガード【※】に包まれて、収蔵庫の中に桐の引き出しに保管されていますが、マンガ原画に対してそこまでの扱いはできません。なぜなら保存する枚数が数万枚という圧倒的に量が違う世界なので。

※ピュアガード
作品の保護用紙。保護対象の劣化を防ぐために、酸もアルカリも含まない素材でできている。

 マンガ原稿だったらどこまでできるか、自分たちの時間とお金の中で少しでも劣化しないような保存を模索した積み重ねが今のベースになっています。

――近代美術館の方法を参考にする以外に、どのような研修を受けてこられたのでしょうか? 非常に前例が少ない取り組みだったのではと思うのですが。

大石:
 基本的に僕の独学で進めてきました。僕はたまたま13年前に美術館担当になったという、ただの市役所の職員だったので……だから、僕は学芸員の資格も持ってないです。
 資格は持ってないんですが、学芸員の仕事をずっと無免許でしてきたようなものです。

――“無免許のプロフェッショナル”って、手塚治虫のブラックジャックじゃないですか(笑)。

大石:
 我々は高額報酬をいただかないので、そこはちょっと違いますけども(笑)。

 あとは、明治大学の米沢嘉博記念図書館【※1】や京都国際マンガミュージアム【※2】、北九州市漫画ミュージアム【※3】の仲間たちと情報を交換しながら方法は模索してきました。結局、高望みしても市の予算をかけられなければ保存できないので、文化庁と一緒にハイエンドな収蔵方法を選択したことも横手市に納得してもらいつつ、色々な調整を経てこの収蔵方法を採っている感じですね。

※1米沢嘉博記念図書館
漫画評論家であり、コミックマーケット準備会の第2代代表である米澤嘉博氏の蔵書の一部を、氏の母校である明治大学が受け入れ、漫画資料の記録保存所として2009年に開館した図書館。

※2京都国際マンガミュージアム
2006年、国内外の漫画に関する貴重な資料を集める日本初の総合的な漫画ミュージアムとして開館。明治時代の雑誌や戦後の貸本などの貴重な歴史資料、現代の人気作品、世界各国の名作など約30万点を所蔵している。

※3北九州市漫画ミュージアム
北九州ゆかりの漫画家を中心に、幅広く漫画作品と関連資料を収集・保存し、漫画の特性や魅力を伝えていく研究をおこなっている。

――ちなみに、まだスキャンしていない原稿は現状でどれぐらいあるのでしょうか?

大石:
 2020年3月の時点で、収蔵作業前の状態の原画も含めて23万枚の原画を保管しています。作業をするスタッフの数にもよりますけど、一年間に収蔵できる枚数が、基本的に1万5000枚ぐらいから多くて2万枚弱ぐらいです。
 現在では23万枚のうち9万枚の原画の収蔵作業が完了している感じですね。矢口高雄先生の4万2000枚の原画は平成27~29年度の3カ年をかけて収蔵作業が完了しました。

――ということは残り14万枚。一年に1万5000枚ですから果てしない作業ですね……。

大石:
 まさに、その通りです。

優先して収蔵する作品とは? 収蔵基準について

――矢口高雄先生お一人の場合で3カ年計画ですよね? 受け入れたマンガ原画すべてのスキャンが終わるのはいつなのか……壮大過ぎるお話に感じます。

大石:
 だから、これからは自分たちも解像度を落として収蔵数とアーカイブの処理数を近づけていくのか、今も議論しています。大規模収蔵の作家さんと常設収蔵の作家さんがいるのですが、大規模収蔵の作家さんのマンガ原画の収蔵枚数がすごく多くなってきてしまっているので。

――大規模収蔵の場合というのは、作家さんの原画の全部を収蔵する、ということだと思いますが常設収蔵というのはどういうものなのでしょうか?

大石:
 常設収蔵は基本的にカラー2点、モノクロ2点の4点をお預かりして展示しています。常設収蔵はまんが美術館の開館以来変わらずに展示していますが、のちに矢口先生の漫画原画の寄贈を中心として大規模収蔵事業に着手したという経緯です。

――大規模収蔵するかどうかの基準は、大石さんが決めておられるのでしょうか?

大石:
 いえ、決して僕個人で決めているわけではありません。これまでは地元にゆかりのある作家さんや、企画展開催作家、常設収蔵作家等お付き合いのある作家さんを中心に収蔵してまいりました。

――さきほど東村アキコ先生のマンガ原画の収蔵作業をしておられましたが、どういった経緯で大規模収蔵することが決定したのでしょうか? 東村先生は宮崎県のご出身ですが……。

大石:
 おっしゃるとおり、アッコ先生(東村アキコ先生)は宮崎県出身なんで秋田にゆかりはないんですけれども(笑)。そもそもは東村アキコ先生から知人を通して「矢口先生がご存命のうちにどうしても会いたい」とご連絡いただきまして、僕がお二人をセッティングしたんです。そこからお付き合いが始まりました。

 原画収蔵に取り組む計画もそのとき進めておりましたので、現役作家さんの原稿を預かると、のちのちどういう対応が生まれるのかというケーススタディにご協力いただくという意味で、収蔵にご協力いただきました。

 ただ組織的に財団もでき、指定管理も始まり、市との役割分担や責任をいろいろ整理してきましたので、これからは市や財団と協議して、お預かりする作家さんを決定しながら進んでいくことになると思います。

大手出版社との権利調整はどのようにおこなってきたのか?

――ちなみに原画の所有権は横手市にあるということでしょうか?

大石:
 違います。矢口先生は全原画を横手市に寄贈されたので、物質的な保有権は横手市にありますけども、版権は先生が持ったままです。他の作家さんは原画の保有権も版権も作家さん自身が持ったままで、物質的に私たちがお預かりしている契約になります。

――版権は作家さんにあるまま、ということは原画を活用したり、商業的に利用したり、その許諾を出す権利は作家さんにあるということですね。

大石:
 そこも含めて、私たちはその権利関係にはタッチしないスタンスで運営しています。私達はあくまでも物質的な原画の保存、保管を担うという立場なんです。

――例えば森川ジョージ先生がまんが美術館に『はじめの一歩』のマンガ原画を寄贈したい……とおっしゃったとしたら出版社である講談社が許可をしなければ収蔵はできないのでしょうか?

大石:
 物質としての原画の所有権を持つのは作家で出版社には、基本的に原画の所有権はないです。しかし、その原画を生むために出版社が原稿料を払ったり、版権を管理したりするため、密接な関係にあります。
 さらに、作品をメディア展開するときに出版社が調整を図る等の部分でマンガ原画の管理を作家さん方と一緒にやっているという意味では、作家さんの一存だけで勝手に動かせない、というのは背景にあると思います。

――ということは、出版社との調整も行っていらっしゃるのでしょうか?

大石:
 もちろんです。さきほどの話ですと、まず森川ジョージさんというマンガ家さんがどこを主戦場に作品を描かれていたか……講談社なのか、小学館なのか、主要作品をどこで描かれていたかというのも大事になってきますね。

 その出版社を窓口として、森川ジョージ先生の担当編集の方に相談をかけたりして調整を図っていくことになると思います。

――「版権は作家さんにあり、まんが美術館はお預かりしているだけ」、とひと口に言っても大手出版社との複雑な法律関係の整理をいち地方美術館が担っていらっしゃるということですよね?

大石:
 版権の管理は出版社さんがされているのが一般的ですから。最終的には、内容に柔軟性を持たせた形で契約を結びます。つまり、ある程度の条項は作るけど、それ以外の部分は双方協議して決めるかたちにするんです。
 つまり、範囲をぎゅっと狭めない契約内容になっています。ただ、押さえなきゃいけないところは押さえていますよ。もちろん、こちらが作ったベースの契約を専門の弁護士さんや、作家さんとお付き合いのある弁護士さんに見てもらって、加筆修正したもので契約するパターンもあります。

原画の価値がダイレクトに伝わる収蔵方法

大石:
 ここでアーカイブした作品の一部を閲覧できます。例えばわかりやすいところで矢口先生の『釣りキチ三平』のカラー原画がこちらです。

――カラー原画の三平、本当に綺麗ですね……。

大石:
 すべての原画ではないですけど、一部をこうして来場者のみなさまに見ていただくことが出来ます。拡大すると、矢口先生の原画の描き方までわかるようになっています。

大石:
 一枚10分かけて保存した原画の活用方法の一つとして、こうやってデジタルで拡大することで実際の筆致を確認できるようになっています。
 矢口先生の作品って拡大すると凄さがわかりますよね。背景描写とかも手を抜かないのがわかるというか……。

 草鞋の裏の一本一本、全部本当に描いてますから気が遠くなります(笑)。カラー作品はスクリーントーン【※】とか貼らないですから。

※スクリーントーン
グラフィックデザイン、イラストレーション、漫画などに用いられる画材の商標。等間隔に配列された網点やカケアミ、模様柄など用途ごとに様々なパターンが印刷された粘着フィルムを切り抜いて絵に貼りつけ、モノクロ原稿上で色の濃淡や背景・衣服の柄などを表現する。

――このオニヤンマの羽の透きとおってる感じといい……すごいですね!

大石:
 草の一本一本もみんな描いてるし、水しぶきはホワイトをシュッシュッって吹いて描いてますしね。

――まんが美術館さんの収蔵方法だと、その価値がよりダイレクトに伝わりますね。

大石:
 こっちの引き出しには原画が一話ずつ入っていて、原画で漫画を読むことができるようになっています。ここには今、矢口先生の漫画原画を収蔵していますが頻繁に入れ替えているので、いろんな作家さんの原画を見られるようにしています。

日本でマンガ原画の価値が軽視されてきた理由

――ここからは、収蔵のシステム以外についてお話をきかせていただければと思います。まず、まんが美術館の成り立ちについてお伺いしたいです。

大石:
 平成17年に増田町を含む8市町村が合併して横手市が生まれたのですが、旧増田町時代の1995年にここが建てられました。
 増田町の町制施行100周年を記念する事業の一つとして「増田ふれあいプラザ」という公民館として建設された複合施設の一角にまんが美術館が設置されました。当時スタートラインの段階で60人ぐらいの作家さんの原画をお預かりしていましたね。

 以来25年経ちますけど、年に数人ずつ収蔵数を増やしてきて現在は海外の作家も入れて179人の作家さんの原画をお預かりしています。

――そもそもなぜ日本では保存を訴えなければならないほど、マンガ原画が軽視されてきたのでしょうか?

大石:
 「原画は印刷物の版下原稿でしかない」という、第一義的な立場があるからですね。つまり、本になって世に出てくるための物であるという、マンガ原画の役割がまず一番にあって、そこが作用しているのが大きいと思います。

――本として出版されてしまえば、原画の役割は終わりである。ということでしょうか?

大石:
 そのような考え方が根底にあると思います。ただ、作家さんによっては、原画には自分の心血が注がれていると思っていらっしゃる方もいますし、原画自体は印刷したら価値はない、とおっしゃる作家さんもいます。極端に言うと、100人いれば100通り考え方は違うと言っていいでしょう。

 マンガが刷られて、買われて、お金が入ってきて初めてマンガ家として成り立つので、原画だけがあったとしても意味はないという考え方の作家さんもいらっしゃいます。

――出版社は原画保存についてどのようなスタンスなのでしょうか?

大石: 
 基本的に出版社には原画を保管する義務はないんです。今までは厚意で倉庫を借りて預かってくれたりしたんですけど、やっぱり出版不況の影響等で、倉庫を維持するのも大変になってきて、一気に作家さんに原画が返される事案が発生したりしています。

 今住んでいるところに突然原画が戻されて、保管場所もなく、扱いきれずに捨てたという話は実際にありました。

――捨てた!?

大石:
 はい……実際にありました。そういった事案が起きて初めて原画の価値に気づくという意味では、本当に喫緊の課題だということです。

 作家さんがお亡くなりになると、遺族の方は遺された大量の原画をどうしようかと悩まれると思います。保存したいという願いもあれば、管理できないから処分したいという話も聞きます。なので、やはり作家さんがご存命の間に将来の道をつけていく必要があると思います。

 原画保存に関心のある作家さんから僕に個別に相談がきたりもしますし、出版社と作家さんの信頼を得る部分にはすべてのエネルギーを注いできたと言っても過言ではないですが、まだまだ様々な作家さんや編集者さんからの情報をすくい取れていないと思っています。

――描いている作家さん本人のほうが、かえって原画の価値に気づきづらかったりするのでしょうか?

大石:
 価値に気づかないというのは、マンガが常に私達の身近にあるということだと思います。近くにありすぎてその価値に気づかない部分もあるのではないでしょうか。

――たしかに、本物のダヴィンチの『モナ・リザ』を見るには、ヨーロッパのルーヴル美術館に行くしかないですが、マンガは本屋で買えば“本物”が見れますものね。マンガの方を主たる物だと捉えると原画の価値は従たるものになってしまう。

大石:
 原画の保存研究を始めたばかりの頃に気づいたことですが、世にいるマンガ研究者の方々の第一義的な研究資料は“本”なんですよ。

――それは、単行本を研究しているということですか?

大石:
 単行本というよりも、雑誌も含めた、いわゆる出版されたものが第一の研究資料なので、原画の価値みたいなものは、まだその下なんですよね。刷られた雑誌や単行本が無くなっていくことへの保存の話はあったのですが、原画の価値みたいなものは人それぞれの感覚でもあるので、なかなか定めることができなかったのです。
 今も原画の価値づけは出来ていないと思います。それは容易ではないと思いますね。

海外におけるマンガ原画の人気の高まりについて

――浮世絵のほとんどは海外に流出してしまって、日本で展覧会を開くときには海外のコレクターから借り受けないと実現できない、という話を聞いたことがあります。

大石:
 もともと浮世絵が流出したのは、日本人がその価値に気づかずに、陶器の包み紙として海外に渡ったものを「これはすばらしい芸術だ!」って海外が認めたから、初めて価値がついたような感じなので……もう、そのあとは買い漁られて流出したという経緯だったと思います。

――いま、クールジャパン【※】に見られるように日本のマンガやアニメを海外にアピールしていくなかで、原画の価値が国内で定まっていない状況は、海外からの評価が下がってしまうのではと思いますが大石さんはどうお考えですか?

※クールジャパン
「外国人がクールととらえる日本の魅力」を情報発信し、海外展開や外国人向けに日本への旅行を振興することによって、日本の経済成長を実現するブランド戦略。

大石:
 実際、2019年の夏に大英博物館で初めてマンガの展示会【※】があって、17万人も入場者があったそうですね。実は大英のキュレーターの方も日本のマンガ原画の価値にはすごく興味を持っていました。国内のとある美術館では「何々先生の原画が欲しい」と海外からこっそりアプローチされることが日常的にあるそうです。

※大英博物館で初めてマンガの展示会
2019年夏に大英博物館で開催された過去最大のマンガ展『The Citi exhibition Manga』のこと。

――「欲しい」っていうのは……。

大石:
 買いたいということです。
 海外では原画を美術品として見ているので、ゴッホの絵を買うような感覚ですね。そういうアプローチが海外から来ているのはもう数年前から起きている事実です。その流れの中で、大英博物館で初めてマンガ原画の展示をしてさらにその価値が高まった、というのが今だと思います。

――海外では価値が高まっているのに引き換え、本国で原画が置かれている状況のギャップに対して、歯がゆい思いがあったりしますか?

大石:
 歯がゆい思いがあるとすれば……やっぱり時間もお金もかかる部分ですので、仲間作りがそう簡単にできないと感じる場面が多々あります。
 まんが美術館は、25年間の歴史の中で行政も納得したうえで原画保存に向かって進んでますけど、他の自治体でそれがすぐにできるかっていったら……そう簡単な世界ではないと思います。


なぜ、いち地方美術館が国家事業の先導役になっているのか?

――まんが美術館の原画の保存に関する取り組みは、他の美術館に影響を与えていたりするのでしょうか?

大石:
 先ほどアーカイブルームでご説明した“ハイエンドなレベル設定”は、2015年に始まった文化庁のアーカイブ補助事業で設定したもので、これから原画保存の一つの指針としていただく考えです。
 また、今年度からは当館に国内唯一のマンガ原画保存の相談窓口となる「マンガ原画アーカイブセンター」が設置されますので、今後は全国規模のネットワークづくりを進めていきます。

――全国にアーカイブルームができあがっていく……ということなのでしょうか?

(写真提供:横手市増田まんが美術館)

大石:
 いいえ、そういうことではないです。私達としては、どんなレベルのアーカイブであっても、仲間になっていただきたいという考え方です。「スキャンまではできないけど大切に収蔵庫で保管します」みたいに、守ってくれる意志のある仲間と一緒になって原画を守っていく、そういう考え方なんです。

 極端な話、管理状態が悪い押し入れみたいなところから、どこかの美術館の収蔵庫に移動するだけでもすごく環境がよくなります。だから、決して他のレベルを否定したりは一切しない、許容していこうという考え方のもとでやっています。

――展示はできなくても保管ならできる、という人や団体があるかもしれませんものね。

大石:
 そうです。そういった仲間を増やしていくのがアーカイブセンターの大切な役割となります。
 さらには、これまでは地方館の立ち回りのよさで我々は保存事業を進めてきましたが、これからは国レベルで原画保存を担う機関ができることに期待しつつ、ここが先導役を担っていく必要もあります。

――ということは、10年、20年後を見据えてナショナルアーカイブセンター的なものができることを目指して頑張っているということでしょうか?

大石:
 当然、それは期待しています。なぜならアーカイブって100年のスケールで語らないといけないので、僕が生きてるうちに終わらないんですよ。この事業は何かをやってすぐに結果が出るものではなくて、今の人類が次の世代に残していく使命のようなものだと僕は思っています。

――「原画保存をして何になるのか」という問いかけに対して、具体的なメリットはあるのでしょうか?

大石:
 数字として具体的なものを示せるかと言えば、現時点ではそれは無理です。ただ、市や僕たちがこの事業に取り組む一番の意味は、はっきりしています。“シビックプライド”の醸成です。つまり原画保存事業を“市民の誇り”にしていこう、という考え方ですね。
 「福祉」「教育」等は行政の大切な役割ですが、それだけでは行政はうまく回っていきません。健全な横手市の成長のためには文化事業も絶対に必要で、ふるさとに原画保存に取り組んでいる美術館があることを、市民に誇りに思ってもらうことをベースに、この事業をしています。つまり、マンガ文化を支えてきた原画が地元の美術館で大事に保存されている事実を、市民ひとりひとりがみんな誇りに思えるようにしたいというのが横手市がここに対して抱いている原画保存事業の一番の願いなんですよ。

 一つ例を出せば、美術館運営の中で漫画を教育に市内の子どもたちを対象に活かしていく取り組みもおこなっています。

(写真提供:横手市増田まんが美術館)

 こういった取り組みができるのはまんが美術館に原画があるからだし、そういったものを少しずつ市民に広めていって、みんなでマンガを活用していこうと呼びかけています。やはり、どんなに大きい目標を掲げてても、地元に愛されない施設っていうのは長生きできないですから。

「美術館に来たときは右も左もわからなくて…」市役所職員時代を振り返る

――電話で原画保存の取り組みについて取材を申し込んだときに、美術館の方に「それなら市の職員だった大石という者が詳しいです」と言われたときには、まさかこんなに熱心な方が現れるとは想像できませんでした。

大石:
 僕はマンガ研究者ではないので、特別な知識もなくてただマンガが好きなだけです。他のマンガ関連施設の中心にいる人たちはみんな職業が「マンガ研究家」なわけですよ。だから、僕なんかシンポジウムで作品に関する話になったときは、ずーっと大人しくしています(笑)。

一同:
 (笑)

大石:
 加えて、美術館の担当になった当初は、運営自体の改革も求められていましたので、まさに暗中模索でしたが、逆にその分、好きにやれたとも思っています。

――ということは、ある意味何をやっても怒られることはないみたいな?

大石:
 怒られることばっかりだったですけど。

一同:
 (笑)

大石:
 僕は難しい手続きを経るよりも、効果があると判断できたら、その方向にすぐ舵を切りたいタイプなのです。上も下も関係なく進めようとしてたので、それが組織的には絶対NGなわけですから。

――美術館の担当になった当初の頃は、「どれだけ頑張っても、人事異動がきたら終わり」みたいな感覚はありませんでしたか?

大石:
 基本的にあんまり先は見ない感じでいつも仕事をしてるので、そういう感覚は一切なかったですね。
 僕、これまでの一つひとつの担当が長かったんですよ。高卒で増田の役場に入ったんですけど、商工観光労働で8年、そのあと財政にいって5年、それから1年だけ給与と選挙を担当して、そこから広報5年。こんな調子だったので短いサイクルで動かないって勝手に思ってたんですよね。

――その経歴を聞くと、あらためて大石さんが“役所の人”という感じがしてむしろ不思議な気持ちになります。

大石:
 市役所にいたころは、いつも悩んでいました。去年と同じ仕事をする場合「成長しているのか?」って。それもあって「今年よりも来年、来年よりも再来年」って、とにかく自分のやったことをさらに大きくしてかなきゃいけないっていうのが僕のベースにありました。

 だから、まんが美術館に来たときは右も左もわかんないけど、一年運営をやった。来年はそれよりももっと幅を広げたり、回数を多くしたりとか、いろんな新しいことに取り組む。ずーっとそれの繰り返しだったんですよね。

――大石さんのマンパワーではどうしようもないとき、役所全体をどういうロジックで巻き込んでいったのでしょうか?

大石:
 そういう役所の中でも、「変わった面白いやつがいる」と引き上げてくれる方はいました。「漫画で面白いことしたいときに手伝ってくれ」って……。新しいことをやりたいときにその方を頼ったことは何回かありました。

――味方がいたんですね。今もその方とは交流があったりするのですか?

大石:
 その方はだいぶ前に退職されましたし、今は特に交流はないです。その時代時代に救ってくれる方はいらっしゃいました。

「作品はお前に預けて天に行く」矢口先生から託された原画を前にして

――大石さんのこれまでの行動はいち市役所職員の領域を超えている、と失礼ながら思いました。なぜ大石さんはそこまでして原画を守ろう、と思えるのでしょうか?

大石:
 それはやっぱり地元出身のマンガ家である矢口先生の存在がすごく大きいと思います。
 矢口先生の作品って、『釣りキチ三平』はアカデミックな釣りの漫画ですけど、それ以外は全部ふるさとの秋田を題材にした作品ばかりなんですよ。

――『マタギ』とかですよね。

矢口高雄『マタギ』
(画像はAmazonより)

大石:
 『マタギ』もそうですし、『ふるさと』とか、『蛍雪時代』とか、作品はみんなベースが自分の田舎の原風景なんですね。そういった意味では、矢口先生の原画は「昔の人たちはこういう家で、こういう風習で生活していた」という文化資産というか、歴史民俗資料になり得るんですよ。

矢口高雄『蛍雪時代』
(画像はAmazonより)

――では、矢口先生が描いた地元の風景を残したい! というのがそもそものきっかけだったということでしょうか?

大石:
 広い意味では日本全体に原画保存を呼びかけるところまでおこなっている感じなんですけど、スタートラインはやっぱり……。

――矢口先生の存在があった、という話ですよね。

大石:
 もちろんです。実は美術館に着任してから5年ほど経った頃、矢口先生が仕事場の整理をされたあたりから「作品はお前に預けて天に行く」という話をされたんです。

――まだ原画保存の取り組みをされる前のいち市役所の職員だった大石さんに、なぜ矢口先生はそのようなことをおっしゃったのでしょうか?

大石:
 それは、ただ単に僕が矢口先生に可愛がられていたというだけの話です。

 でも、そのとき考えたんです。僕が個人として矢口先生の原画を託されたとして、それをどうするのが一番良いのだろうかって……。

――美術館運営や原画保存に関する知識もまだない状態なのに、矢口さんから大切な原画を託されてしまったわけですね。その頃はまだ、アーカイブ事業を立ち上げる話も出ていなかったわけですよね?

大石:
 そりゃそうです! 「今の自分では先生の作品を託されてもうまく活用できない。だから、何が一番いいかを一緒に考えましょう」とお返事しました。それから先生と何度も話し合い、「横手市に全原画を寄贈し、マンガ原画保存の核としよう!」となったんです。

 こんな話、役所の職員の立場で言えないですよね……。本来、役所の仕事では属人化は良いこととされませんから。
 本質には矢口先生から原画を託されたことがあるのですが、最終的に原画保存事業が成り立ったのは市が調整をしてくれて、議会が予算を議決してくれたからですね。まして、私個人の功績ではありませんし、あくまでも市の事業としての実績であります。僕は経営者ではないので個人がフォーカスされちゃうとやっぱりバランスがいろいろ悪いですよ。

――なんだか、すごい話を聞いてしまった気がします……。もし、マンガやふるさとへの愛情がない人が担当者だったら、矢口先生は「この人に作品を託そう」と思わなかったと思いますよ。

大石:
 そんなことないですよ。いろんな側面があったのも事実です。市として社会教育施設(公民館)だったここをマンガの施設に単館化したいという話は着任時からあったのですが、美術館を改修するうえで中心的な取り組みがなかなか見つけられなくて先送りされていたこともありましたので、やっと「これだ!!」という取り組みを見つけられたのだと思います。

 そうして……市役所に32年間勤めましたけど、僕は2020年の3月で役所を辞めました。

――随分思い切った決断ですが、辞められた今はまんが美術館で館長の職に就いておられるということですね。

大石:
 このような田舎町で地方公務員を早期に退職するというのは、そうそうないパターンですし、民間との給与格差は50歳くらいからなくなっていくとも言われてますから、「何考えてるんだ」って言われることも多かったですよ。

一同:
 (笑)

――じゃあ、これからじゃないですか……もったいないと言われませんでしたか?

大石:
 だけど、僕はやっぱり原画保存に意欲を持ってくれる若い後継者を放っておけないし、原画をお預かりした先生方と交わした約束も果たせていません。自分の責務としてこれをやりたい、そういうことです。

 この原画保存のプロジェクトは永続的なスタッフが専門的な知識と経験を積み重ねていく必要がある分野です。だからこそ、郷土出身の漫画家と横手市が共同出資して、事業を永続的に担っていく組織として財団を設立しています。その財団が国の原画相談窓口を開設するのも、これまでの経験を反映させる必要がありましたから。

100年後の教科書には「横手市が原画保存に取り組んだ」って…

――さきほど、出版社と原画の関係についてお伺いしましたが、大石さんとしては、出版社がきちんと原画を保存するのならば、まんが美術館で収蔵しなくてもいいという考えなのでしょうか?

大石:
 いいえ、原画の保有者は作家ですので、出版社に保存の義務はありません。個人的には、原画は誰が保存してもいいと思いますよ。僕は原画が幸せな場所にあるのが一番いいと思ってるので、例えば今後、当館ですべての原画を預かっている作家さんの故郷などに原画を収蔵する建物ができれば、喜んでお任せしていいと思います。
 この館のキャパシティは70万点なので、すべての原画を守っていけるわけがないことはわかっています。だから、さっき言ったマンガ原画アーカイブセンターとしての取組みを通した全国のネットワーク組織を利用するなどして、大切に預かってくれるところに原画があればいいと思いますね。

 さらに言うと、僕、マンガ原画が海外に渡ることがだめとは基本的には思ってないです。

――それはどういうことでしょうか? マンガ原画が浮世絵の二の舞にならないように、という背景が保存事業にはあるように思うのですが。

大石:
 僕は原画が幸せな場所にあればいいと思ってるので、それが国内に限った議論では広がらないと思ってるだけです。一番だめなのは、四散流出することですから。

 それに、例えば、矢口先生の原画がルーヴルの世界的な名画や『モナ・リザ』と一緒に並んだとしたら、それは胸高鳴りますし自慢したくなりますよね。なのに「海外に原画が保存されるのはダメ」というのは、疑問です。だから、きっちりとしたルールが整備されていて、大切に保管してくれるなら場所が海外だったとしても、いいんじゃないでしょうか……という考え方です。

――それこそ原画にとって何が幸せなのかを考える、ということですよね。

大石:
 僕は、閉鎖的な感じではもう守っていけないっていうふうに思っています。きちんと筋道があり、原画を把握できる状況にあれば、保存を担う人が海外の方でもいいのではないでしょうか。

 ただ立場上、誤解を招いてはいけないので、そこまではっきりと言えないっていうのはあります。国や市が行政コストをかけて原画を守ろうと訴えているなかで、その中心人物が「海外でもいいんじゃないですか」みたいことを言ってると捉えられると、本意ではない部分はあるので……。
 基本的な考え方としては、とにかく二律背反してたとしても、そういうものも許容しないと、大量に存在する日本のマンガ原画を守っていくことはできないと思っています。

――今後、デジタル化が進めば紙の原画は減っていくかもしれませんが、これまでに描かれた膨大な原画をすべて収蔵するのは可能だと思いますか?

大石:
 私達だけの力では無理だと思います。けれど、いわゆるストーリー漫画、劇画や一枚絵も含めたマンガ文化の歴史って鳥獣戯画【※】のような古い時代まで遡らなくても、戦前のあたりから100年ぐらいですよね?
 これからますますデジタル化で生原稿が生まれてこなくなれば、100年ほどの資料を今の人類が守れないわけがない、と思います。今のこの時代に生きている人類の責務として、その取り組みに最前線で関わっていきたい気持ちがあります。

※鳥獣戯画
鳥獣人物戯画(ちょうじゅうじんぶつぎが)。京都市の高山寺に伝わる紙本墨画の絵巻物であり国宝に指定されている。全4巻のうち、ウサギ・カエル・サルなどが擬人化されて描かれた甲巻が有名。一部の場面には現在の漫画に用いられている効果に類似した手法が見られることもあって、「日本最古の漫画」とも称される。

――できるはずだ、と思っていらっしゃるわけですね。

大石:
 人類の英知がこれだけあるんですから、僕はできるはずだと思っています。
 100年後の教科書には「横手市が原画保存に取り組んだ」って絶対に載っているって僕は常々言ってるんですよ。どうせ100年後は、今このセリフを聞いた人が誰も生きてないと思うから好きなこと言ってますね(笑)。

[了]


 出版社や作家との権利周りの調整、保存施設の運営、そして一人の作家の原画を保存するのに3年の月日を要するという時間感覚……原画保存には想像を超えた手間と時間がかかることを思い知らされた今回の取材。

 「先人から託された遺産を後世に残す

 原画に限らず何かを後世に伝えるには、道なき道を愚直に歩き続ける強い覚悟が必要なのかもしれない。

 マンガ原画を「印刷済みのゴミ」とするか、「故郷の風景が記録された遺産」と位置づけるか……横手市の皆さんは原画のなかに価値を見出し、後世に伝える選択を覚悟をもってしたのだと思う。
 すべてのマンガ原画が、“原画にとって幸せな場所”にあり続けることを祈りつつ、記事のしめくくりとしたい。

■info

・「横手市増田まんが美術館」公式サイト

・10月1日(木)19時から、横手市増田まんが美術館より原画アーカイブ施設をニコニコ美術館チャンネルで中継します! 

(バナーをクリックで生放送ページへ)

・ニコニコ美術館では全国の美術館・博物館の中継を行っています。気になる過去放送や今後の中継予定はバナーをクリック。

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