『I could be free』は原田知世の自信と確かなキャリアの積み重ねを感じる佳作

OKMusic / 2019年11月20日 18時0分

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(okmusic UP's)

先月バラードアルバム『Candle Lights』を発表したばかりの原田知世。今週は彼女のオリジナルアルバムの中から、“歌手・原田知世”の代表作と言っていい『I could be free』を取り上げる。アイドルから本格派シンガーへ転身した後の作品として、今聴いても、まさしく自由な精神が表れた佳作である。

■時代毎に示す確かな存在感

今春から放送されて話題を呼んだ原田知世主演ドラマ『あなたの番です』の略称“あな番”が、今年の新語・流行語大賞のノミネート30語に選出されたと聞いた。この原田知世という人。デビュー以来、ずっと日本のエンタテインメントのメインストリームに居続けている…という感じではないけれども、節目々々でとても印象的な仕事を我々の元に届けてくれる、何とも不思議なポジションにいるアーティストだと思う。また、それは歌手と女優というふたつの顔を持っているからであろうが、忘れた頃にやって来る…というのとは違って、付かず離れずとでも言うべき絶妙なタイミングでメインストリームに顔を出す。少なくとも私にはそんな印象がある。

1980年前半に一世を風靡した、言わば“角川映画アイドル女優期”から始まって、1980年後半には主演映画『私をスキーに連れてって』が大ヒットしてスキーブームを牽引。その後、1990年代からは鈴木慶一やTore Johanssonらのプロデュースのもと、数々のオリジナル音源を制作して、シンガーとしての活動を本格化。2007年には高橋幸宏が中心となって結成されたバンド“pupa”に参加した。2017年にはセルフカバーアルバムの発売やアニバーサリーツアーを開催して、自身のデビュー35周年を華々しく祝ったことも記憶に新しい。昨今はドラマで母親役を演じることも多く、女優としての新境地を築きつつある中で、また主演ドラマである“あな番”がヒット。ザッと彼女のキャリアを振り返っただけでも、10代、20代、30代、40代、50代と、しっかりとその存在感を示す作品を制作してきた。しかも、それぞれの時代でそのスタイルが異なっているのは何気にすごいことではないかと思う。

15年ほど前、原田知世にインタビューさせてもらった時、“微妙なところで微妙な出会いがあるんですよ。それによって知らず知らずに助けられてきたんだなって思います”と彼女が言っていたことを思い出す。運が良い人であるのだろうが、運も実力のうちとはよく言われる。彼女の天賦の才が人との出会いも引き寄せているのであろう。

■歌詞に表れた達成感と自信

さて、このままの勢いで、『時をかける少女』や『私をスキーに連れてって』の話とか、ドラマ『紙の月』とその映画版との差異から見るアイドル論を述べてみたい気もするが、残念ながら当コラムは邦楽名盤であるので、以下、素直に原田知世のオリジナルアルバムを解説することとする。そのアルバムも、個人的には『バースデイ・アルバム』(1983年)や『撫子純情』(1984年)、『PAVANE』(1985年)辺りで行きたいくらいなのだが(特に『PAVANE』はそのジャケ写の素晴らしさだけを延々と書き連ねたいほどなのだが)、ここは正統に(?)『I could be free』で決めよう。前述したTore Johanssonのプロデュース作であり、その前の『GARDEN』(1992年)、『Egg Shell』(1995年)、『clover』(1996年)という鈴木慶一プロデュースの3部作で確立した“シンガー・原田知世”の姿を決定的に示したと言っていい作品である。何しろ、タイトルからして“I could be free”(私は自由になれた)なのだ。かなりの達成感と相当な自信とがなければ付けられるものではない。まず、原田自身が手掛けている本作の歌詞から見て行こう。

 《その愛で その足で/誰かのハードルなんて/飛び越えて/道なき道を行こう/何処へでも/貴方の思いのまま/貴方だけの/光る未来の方へ》(M1「愛のロケット」)。

 《I could be free/信じて/I could be free/許しあって/I could be free/与えあって/I could be free/この声が 遠く誰かに届くだろう》(M2「I could be free」)。

《まわりのことなら/そう 笑い飛ばして/今日は言ってやろう/君は君のもの/そして 今を生きて/きっとできる》《道草しよう(花を摘んで)/泳いでみよう(もっと自由に)/出かけてみよう(風にまかせ)/眠っていよう(もっと深くね)》(M3「君は君のもの」)。

《花をみて 風をみて/目をそらさず あなたに伝えよう/手のひらに溢れそうな/ロマンス抱きしめて》《始まりはわたしから/あなたへと 素直に伝えたい/この胸に生まれたての/ロマンス握りしめ》(M5「ロマンス(Album Version)」)。

《遠く ああ遠く あの星あたり/声を投げてみよう/Hey! ハロー ハロー今夜》《パレードは続く/七色の虹 Ah/未来図は何の色?》《どんなものより/素晴らしい明日が来るように/Hey! ハレルヤ! 今夜》《パレードは続く/オレンジの空 Ah/Milky way進んで行く》(M9「PARADE(Album Version)」)。

《抱えきれないものを/すべて放り出したなら/波音だけを聞きながら/瞳を閉じて/ダンスを踊ろう 軽やかに/夜が更けるまで/月のゴンドラ揺れている》《火照る体が溶けるくらい/いついつまでも/泳いでいたい このままで/青い魚と/月明かりを浴びながら》(M10「バカンス」)。

《着飾ったドレスは蝶のようで きれいなだけ/そのままでいいから 真実があればいい》《燃える太陽を抱いて 眠っていたい/愛のカケラならすべて抱きしめていたい》《壊れかけたソファーで 昼と夜を見送って/夢中になれることだけ この部屋にあればいい》(M12「燃える太陽を抱いて」)。

《たまには ぶつかりあって/傷だらけでもいい そんな気分》《現実という海に飛び込んだなら/波の向こうに島が見えてきた》《白く素晴らしい翼はいらないから/ほんの少しの勇気が欲しいだけ/ドアをたたく/di di da di da/今すぐに》(M13「ラクに行こう」)。

図らずも多くを引用してしまったが、そうしたくなった気持ちを理解してほしいくらいに、やる気が漲っているというか、確信に満ちた内容がそれと分かるようにずらりと並んでいる。その指向、方向性もパキッとクリアーだ。映画やドラマのイメージからすると、原田知世には清楚な印象を抱かれている人が多いと思うのだが、そこと相反する…とは言わないまでも、凛とした力強さを上乗せしていると言ったらいいだろうか。何か(それはおそらく自身が作り出す音楽そのものであろうが)を発信しようとする姿勢がありありと伝わってくる。M12「燃える太陽を抱いて」の《着飾ったドレスは蝶のようで きれいなだけ》などは、アイドル時期を知る者にとっては少しドキリとさせられるフレーズであるが、それも彼女が完全にアーティスト、クリエイターへと脱皮したことの証左であろう。

■ハーモニーの素晴らしさ

そうした歌詞の一方、楽曲のメロディーとサウンドは親しみやすく、いい意味で一般的な彼女のイメージを大きく損なうようなものではないところが、『I could be free』の良さではあると思う。かつてアイドルと言われた人が、歌手にしても役者にしても本格派へと転身する時、マニアックであったり、エキセントリックであったり、あるいはアバンギャルドな方向へと舵を切ることがある(最近のことはよく分からないが、昔はわりとあったように思う)。それ自体が悪いとは言わないし、本人の望んだものであれば問題はないだろうけれども、変化のための変化であるとしたらあざとい行為ではあると言える。その点、彼女の場合、『I could be free』の時点でも、“女優・原田知世”と“歌手・原田知世”とのギャップがないように感じるのは私だけではないと思う。もちろん『時をかける少女』や『私をスキーに連れてって』の主人公がそのまま『I could be free』収録曲を歌っているとは言わないけれども、物語の主人公が成長して歌っていると言われたら大きな違和感を抱かない。スムーズというか、シームレスというか、1980年代から地続きでここまで来た印象だ。

そして、その成長の証もしっかりとらえることができる。とりわけ自らの歌声を重ねたハーモニーがとてもいい。M2「I could be free」、M4「雨音を聴きながら」、M6「LOVE」、M11「Navy blue」辺りが顕著だが、歌の主旋律を、所謂三度のハモリといったものではなく、低音で抑揚の小さい音階で支えているような、独特のハーモニー。プロデューサーであるTore Johanssonがコーラスに凝る人だそうでその影響が色濃いのだろうが、原田自身のパフォーマンスも実に素晴らしい。声だけで表情を出していると言い方で伝わるだろうか。そこまで女優としてのキャリアを重ねてきた人だけに表現力は豊か。それが重なることによって、歌がよりふくよかなものになっている印象である。もともと収録曲はキャッチーなものやメロディアスなものばかりで、いわゆるJ-POPとしても十分優秀なのだけれど、凡百のそれと決定的に異なるのはそのコーラスに秘訣があると見ている。

■世界的プロデューサーの辣腕

最後に『I could be free』のサウンドについて。これはもう、The Cardigansのプロデュースによってスウェディッシュポップを世界に広めたTore Johanssonの確かな手腕を感じる作りであることは、改めて言うまでもなかろう。頭打ちの軽快なビートにソウルなブラスが重なるM1「愛のロケット」から始まり、ブルージーなオルガンがいいアクセントになっているM2「I could be free」、セカンドラインに歌うようなベースが重なるM3「君は君のもの」、そして、ボサノヴァタッチのM4「雨音を聴きながら」と、オープニングから、バラエティー豊かでありながらも、各楽曲がバラバラという感じではなく、これもまたシームレスにつながっているかのような聴き応えがある。後半もどこか歌劇調というか、クラシカルな雰囲気なM8「Are you happy ?」、ロッカバラード風なM11「Navy blue」、ミディアムなファンクチューンと言っていいM12「燃える太陽を抱いて」と、こうして分析して文字にすると余計にタイプの異なる楽曲が並んでいる印象を受けるが、実際に聴くとそこまでジャンルが分かれているような感じはしない。それは、悪い意味でのエッジーさがないからであろう。アコースティックだけでなく、エレキも使っているし、ストリングスもホーンセクションも入っていて、音数は多いし、ゴージャスと言えばゴージャスと言えるサウンドではあるのだが、全体的に各音の角が取れていると言ったらいいか、とてもいい塩梅に抑制が効いているのである。ドンシャリ感がないと言ったら分かりやすいかもしれない。サウンドもまたそれまでの原田知世のイメージを損なうことがない絶妙な作りなのである。

最後の最後に、その昔、彼女自身から聞いた話をもうひとつ。『I could be free』収録曲のこれらのサウンドは、歌入れの時点ではほとんど仕上がっておらず、彼女はスウェーデンでレコーディングした時点で最終形がどうなるか知らないままだったという。歌とコーラスを録り終えて原田は帰国。その後、Tore Johanssonが全ての楽曲のアレンジして、出来上がった音源を持って来日したそうである。M5「ロマンス」などは最初にそのイントロを聴いた時にはそれが自身の歌ったどの曲なのか分からなかったそうで、“あの曲がこんなことに!?”と驚嘆し、Tore Johanssonのすごさを実感したと語ってくれた。今考えても、それは確かにすごいことである。その意味で『I could be free』は、原田知世とTore Johanssonが生み出した名盤と言うこともできる。

TEXT:帆苅智之

アルバム『I could be free』

1997年発表作品



<収録曲>
1.愛のロケット
2.I could be free
3.君は君のもの
4.雨音を聴きながら
5.ロマンス(Album Version)
6.LOVE
7.CIRCLE OF FRIENDS
8.Are you happy ?
9.PARADE(Album Version) ※作曲:Ulf Turesson
10.バカンス
11.Navy blue
12.燃える太陽を抱いて
13.ラクに行こう



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