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PERSONZ- Key Person 第16回 -

OKMusic / 2021年7月20日 10時0分

■30周年の武道館公演に 向かっていく時のバンドの一体感は とてつもなく強いものだった

J-ROCK&POPの礎を築き、今なおシーンを牽引し続けているアーティストにスポットを当てる企画『Key Person』。第16回目のゲストはPERSONZが登場! 4人それぞれにとってのキーパーソンとなる存在や“このバンドでやっていく”と心に決めた瞬間、過去作を最新の状態にアップデートする『RELOAD PROJECT』を実施する中で気づいたことも語ってくれた。

■37年 もやっているのは、 すごいことだと思う

──PERSONZは1984年の結成から今年で37周年になりますが、みなさんにとってのPERSONZとは言葉にすると何ですか?

JILL
「生活、人生そのもの。それ以外の表現はないかな? これがなくなったら自分はないと感じるほどの存在です。最初から自分の生き甲斐になるものを探してバンドを始めて、“これでやっていこう”と決めてPERSONZの活動をスタートさせたから、プロになってからも“この道を真っ直ぐに行くんだろうな”という確信がありました。山あり谷ありだったけど、それを経て37年もやっているのは、客観的に見るとすごいことだと思いますね。」

本田
「長い間やっていますし、PERSONZは自分の全てを作ってもらった場所でもあるんですけど…でも、言葉にするなら“バンド”かな? 『RELOAD PROJECT』でもバンドサウンドでできることをやっているから、僕はそれが一番しっくりきます。」

渡邉
「僕にとっては奇跡です。バンドはずっとやっていたいと思っても、誰かひとりがいなくなるとできなくなっちゃうんですよ。健康でいることもそうだし、一緒に仕事をしていく上で信頼できるかどうかとか、いろんな要素が奇跡的に重なり合って続けられることだと思うんですよね。今回の『RELOAD PROJECT』(インディーズでリリースしたミニアルバム『ROMANTIC REVOLUTION』&『POWER-PASSION』をセルフカバー)でデビュー前の曲を演奏して強くそう感じました。」

──渡邉さんはJILLさんに声をかけられたのがきっかけでバンドを組んでいるので、それも奇跡の始まりだったんですね。

渡邉
「そうですね。で、僕が引っ越した近所に藤田くんが住んでいたのも、今思うとすごいことだと思います。だから、藤田くんに訊いてみたいんですよ。“渡邉が引っ越してこなかったら、藤田くんは今頃何をしていたと思う?”って(笑)。そのくらいPERSONZの結成は大きいことだと思うんです。」

藤田
「PERSONZが始まる前から渡邉くんとは知り合いだったけど、それでも2年くらい離れていたはずなんですよ。それがなぜか家に訪ねて来てくれて。あれも奇跡だったのかな?(笑) 僕にとってのPERSONZも人生の全てと言ってもいいくらいの存在です。どこに行っても“PERSONZの藤田”という存在になっていますから、それが当たり前であり、ずっと壊れずに続いている唯一のものなので。」

──では、PERSONZとしてずっとやっていこうと心に決めた瞬間というのは?

JILL
「私は新宿LOFTで初めて本田くんに出会った時ですね。17歳からバンドをやっていたけど、長くやっていけるメンバーを見つけられないまま模索している時に、すごく上手なギタリストを見つけたから“もう離さへんで!”って(笑)。」

本田
「僕もJILLさんとの出会いが…と言いたいところなんですけどね(笑)。僕はインディーズで出した1stミニアルバム『Romantic Revolution』(1986年発表)ができて、そのアナログ盤を手にした時に“ついに!”と思ったんですよ。当時は大学生で就職も決まりかけていて、これからどうするか迷っていた時期ではあったんですけど、そのアナログ盤を持って親父に“俺は音楽をやりたいから就職するのをやめます。大学も中退します”と話して覚悟を決めたんです。」

藤田
「僕は地方から出てきたので、東京のライヴハウスの事情や音楽のプロの方の事情をまったく知らなくて、PERSONZを組んでからもこれが生活として成り立っていくものだという実感が持てずにいたんです。だから、当時所属した事務所から初めてお給料が出た時に“これは続けていけるものなんだ!?”と。それと同時にお給料以上のバンスを背負ってしまったっていう実感もあったんですけど(笑)。」

■この4人が集まった時に “ピースが揃った”と思った

──渡邉さんは将来的に音楽をやっていきたいというお気持ちが最初からあって、PERSONZに入ったんですよね。

渡邉
「ロックをやりたいという気持ちと、音楽で食べていくという意思はあったんですけど、当時は今よりもかなりハードルが高いことで、音楽で生活している人なんて本当にごくわずかだったんですよ。それでも心に決めて東京に出てきた時点で、ある程度の苦労は覚悟していたけど、正直言ってうまくいくとは思っていませんでした。PERSONZに入る時も、僕が在籍していたAUTO-MODのGENETとJILLさんが話して、その流れでツルッと入っちゃったので、まだ“やってやるぞ!”って気持ちが完全には芽生えていなかったんです。そこから気が引き締まったのは、藤田くんが最後のピースとしてバンドに加わった時かな? 僕が藤田くんを紹介したんですけど、他にもオーディションを受けている方がいらっしゃる中で、JILLさんと本田さんが藤田くんに決めてくれたので、僕も紹介した手前、ちゃんとやらないと申し訳ないと思って。」

──その責任感と一緒にPERSONZでやっていく決心も芽生えたと。PERSONZのロックでありつつもメロディーは力強くてポップという音楽性やJILLさんのゴージャスなビジュアルも含めて、バンドスタイルが確立したきっかけはあるのですか?

JILL
「私には常に理想のバンド像があったから、この4人が集まった時に“ようやくピースが揃った”と思ったんです。当時はまだバンドがそんなにいなくて、だんだんバンドをやりたいと思う人が増えていくような時期だったので、自分の理想通りのものをやっていけるっていう確信はありましたね。あと、PERSONZは“〇〇みたいだ”って言われたことがないから、それはずっと強みだと思っていたかな?」

──JILLさんが理想としていたバンドはどんなイメージだったのでしょうか?

JILL
「家族みたいなもの。ビジネスとしてやっていくようにはなったけど、自分が何かを表現する時にホームになっているバンドがいいなと。」

──JILLさんにとってのバンドは音楽である以前に、自分が生きていくことに直結しているんですね。

JILL
「そうですね。他にやれる道はないと思っていたし。高校を退学して通信に通っていたけど、いつも壁にぶつかっちゃうから、私は普通の道を歩ける人間じゃないと思っていたんです。そんな時に見つけた生き方がバンドでした。」

──そんなJILLさんの心構えにメンバーのみなさんもリードされて、今のPERSONZのスタイルになっていったのでしょうか?

本田
「うん。やっぱり熱量がすごいから。初期のライヴのブッキングもJILLさんがやっていましたし、ビジュアルのイメージも含めていつも引っ張ってくれていました。結成した頃の僕らは曲を作っているだけで精いっぱいだったんですよね(笑)。」

──ライヴの演出もそうですよね。ステージを装飾したりされていましたし。

本田
「はい。JILLさんが精力的に“次のライヴはこんな感じにしよう”とか“もっとお客さんを楽しませるためにこんな演出をしたい”という考え方を持っている人だったので、今でもそれをエネルギーにやっているところはあります。」

■明日のことが分からなくて 絶望的になるのは嫌

──2011年のライヴでJILLさんが“目標を持つことが今後生きていくための大きな指針になる”と、結成30周年のタイミングで武道館ライヴをやると宣言したことは、PERSONZのことをおうかがいする上で外せない出来事だと思ったのですが。

JILL
「その宣言をした時は今のコロナ禍にちょっと似ていて、2011年は思ってもみなかったことが起きて、“音楽でできることは何なのか?”と悩んでいたんです。いろんな情報が押し寄せてきて、1カ月先や2カ月先のことが分からず、バンドも暗いムードになっていたので、だったら長い時間をかけた目標があれば怖くないんじゃないかと。それがその状況から脱出できる方法だと思ったんです。今もその気持ちは大事にしていて、コロナ禍では準備していても実現できなくなることが山ほどあるけど、そのぶん自分にかけられる時間はたくさんあるから、今は自分自身を立て直して、その先でまた違ったライヴができるんじゃないかってことを意識してます。明日のことが分からなくて絶望的になるのは嫌なんですよ。」

──もともとは突拍子もない宣言だったのが、コロナ禍での教訓になっているんですね。

JILL
「私が声をかけてバンドメンバーが集まってくれたように、ポン!と言ったことがきっかけでメンバーがだんだん同じ方向を見るようになって、“もしかしたらやっていけるかもしれない”って思えた瞬間が今までにもあったんですよね。きっかけは私だけど、ちゃんと4人の力がまとまってできたことが過去にもあったんです。」

──そして宣言どおり、2015年に武道館公演を実現したと。

藤田
「今、JILLが言ったことと同じだと思うんだけど、武道館公演に至るまでのバンドの空気や意識の高まりは、ツアーをやっていくたびに手応えとしてありましたね。武道館はひとつの目標だったけど、そこに向かっていくバンドとスタッフとファンのみなさんの一体感は、とてつもなく強いものだったと思います。」

──PERSONZにとってすごく大事な期間だったんですね。

藤田
「最初はすごいサプライズをぶち込んでくれたと思いましたけどね(笑)。」

──その武道館公演を経て、気持ちの面で変わったことはありますか?

渡邉
「あの武道館公演は、今思えばバンドにとって必然だったんじゃないかと思います。武道館公演に至る前は、何を考えてPERSONZをやっているのか自分の中で曖昧だったけど、あのライヴでもう一度背筋を伸ばすことができたし、バンドにとっても必要なチャレンジでした。気持ちをひとつにできたというか。それがあって今も活動できているので、振り返ると誇らしいですね。とはいえ、大変なこともたくさんあったから、まだ自分の中で総括できていないところもあります。」

本田
「特に変わったことはないけど、僕も武道館公演をやれて誇らしかった気持ちはずっと残っていて。お客さんも誇らしく思える ことがひとつできたのが良かったし、これからもそんなライヴができればと思っています。」

──武道館公演をはじめ、他にも目標に向かって活動してきたことがあると思いますが、目標を成し遂げたあとに燃え尽きてしまうことはなかったのでしょうか?

JILL
「武道館の時はありましたね。次に何をしたらいいのかが分からなくなったけど、そのあとに『RELOAD PROJECT』を始めたので、“あっ、また違う道を行くんだな”と思えました。コロナ禍においては目的とか具体的なものより、なるべくこの4人が健康でいて、いつかツアーができるようになるまで万全な体制でいるっていうのを念頭に置いてます。」

──ちなみに、PERSONZは活動を止めるような壁に当たったことってあるのですか?

JILL
「私たちは1999年にARBオフィスから独立して、渡邉さんが社長になってからは、全部自分たちの判断だから、やめるも続けるも自分たちの責任になっていて。だから、それぞれにはあったんじゃないかな? 私も何回かあったけど、結局そこに至らないのは、渡邉さんが言うように奇跡が起きることで留まっていたんだと思う。」

──そういう危機を切り抜けられた理由は何だと思いますか?

渡邉
「僕はロックがやりたくて上京した時から“音楽をやりたい!”という気持ちがベースにあるので、それがぶれなかったからですかね。その気持ちをなくすことのほうがつまらないと思っていたから、それ以外は些細なことのように思ってやってきました。メンバーもそれぞれにそういう譲れない気持ちがあったからだと思います。」

──PERSONZはライヴハウスでの活動も長く、『RELOAD PROJECT』をやりながら当時のことを思い出すこともあると思いますが、バンドの支えになった存在はいますか?

本田
「誰ってことではないけど、ライヴハウスでやっている時に出会えたミュージシャンの存在は大きいですね。先輩のミュージシャンやライバルのミュージシャンと一緒に飲んだりしゃべったり、ライヴを観ることで、“自分のスタイルはこれでいいんだ!”って確認できたし、自信にもなったと思います。」

──それでは、みなさんそれぞれにとってのキーパーソンを挙げるとしたらどなたでしょうか?

渡邉
「このバンドに僕を紹介してくれたAUTO-MODのGENETです。僕がPERSONZをやれているのも、いろんな人に出会えたのも、GENETがJILLさんに“こいつを使ってやってください!”って言ってくれたおかげなので。」

本田
「そういった意味では、もちろん僕はJILLさんです。僕を拾ってくれたので(笑)。」

藤田
「僕にとっては渡邉 貢ですね。この話をもっと掘り下げちゃうと、結局GENETに行き着いちゃいますが(笑)。でも、僕の人生にターニングポイントを作ってくれたのは、紛れもなく渡邉です。」

JILL
「私は本田さんかな?(笑) バンドを一回諦めて、何もやっていない時に彼に出会って可能性を感じたんです。それまではバンドメンバーを物色しても全然見つからなかったんですよ。本田さんは上手だったし、華もあったし、紹介してくれた人たちもすごくオススメしてくれたけど、当時はツルツルの大学生だったから“引き込んでいいのかしら?”とも思ったけど。でも、あの時に有無を言わさず“一緒にバンドをやりましょう!”と言えたのがきっかけだもんね。私は当時から人見知りが激しいし、口下手だったけど、あの時だけはうまく言いくるめられたというか(笑)。本田さん、渡邉さんを誘って、勉ちゃん(藤田の愛称)は渡邉さんの紹介だったとはいえ、私も気に入ってたから、この流れも最初に出会った本田さんのおかげなので。きれいにみんな回ったね、GENETもいるけど(笑)。」

取材:千々和香苗

PERSONZ

パーソンズ:1984年結成。87年にリリースしたミニアルバム『POWER-PASSION』がインディーズチャート1位を獲得し、同年9月にアルバム『PERSONZ』でメジャーデビューを果たす。TBSドラマ『ママハハ・ブギ』に「DEAR FRIENDS」が起用されると大ヒットを記録。その後もエッヂの効いたメロディアスでポップなサウンド、そして存在感あふれるヴォーカルで多くの人々を魅了し続け、15年6月には24年振り3度目となる日本武道館公演を開催した。



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