がんサバイバー・木口マリ氏が作り上げた心温まるネットコミュニティ 「不安や恐怖に押し潰されない」

ORICON NEWS / 2020年1月25日 8時10分

投稿型Web写真展『がんフォト*がんストーリー』を主催するフォトグラファーの木口マリ氏

 がんサバイバーであるフォトグラファーの木口マリ氏が主催する投稿型Web写真展『がんフォト*がんストーリー』。がんの一般的なイメージを覆すその写真とメッセージの数々から、静かな感動の輪が広がっている。とかくネガティブな側面がクローズアップされがちな、とげとげしいイメージのあるネット空間において、木口氏が作り上げたのは「ポジティブな出来事しか起こらない」という温かいコミュニティ。ネットとの関わり方とその活動の根幹にある思いを聞いた。

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■「がん=怖い」イメージとは異なる、心が温まったり、クスッと笑えたりする写真ばかり

 小さい男の子が“ウルトラマンなんとか”のユーモラスなポーズを取っている。入院中のあるがん患者のもとに、「必殺技で悪い病気をやっつけてあげる!」と甥っ子からメールで送られてきた写真という。

 がん患者や体験者、その家族、友人、医療者らが応募した写真と、その写真にまつわるエピソードを掲載している投稿型Web写真展『がんフォト*がんストーリー』。そこに並んでいるのは、「がん=怖い病気」という一面的なイメージとは異なる、ホッと心が温まったり、クスッと笑えたり、人生の奥深さに気付かされたりする写真ばかりだ。

「世の中のがんに対するイメージを変えたい」。そんな思いから同サイトを立ち上げたのは、自らもがんサバイバーであるライターでフォトグラファーの木口マリ氏。

「どんなときでも楽しみは作れる。それが私ががんになって確信できたことです。病気で落ち込んでいる人には、私が体験したような楽しい時間を持ってほしい。そしてがんになっていない人には、『がんでも人生は楽しめるんだ』ということを知ってほしい。そうすれば、もしがんになっても、不安や恐怖だけに押し潰されることはないでしょうから」

■旅行系フォトグラファーとして活動中にがんが発覚、数度の手術と入院生活へ

 同サイトのほかにもイベントやコンサートの主催、講演、執筆活動、そして本業であるフォトグラファーと、実にフットワークの軽い木口氏。しかし、2013年に病魔に襲われ、2014年5月に4度目の手術をして以来、現在も経過観察中だ。

 罹患前は主に旅行系のフォトグラファーとして、重いカメラを担いで飛び回る日々。体力には自信があっただけに、子宮頸がんが見つかったときにも楽観視していたという。ところが2度の手術で子宮全摘出することに。さらにリンパ節転移が見つかり、4ヶ月間の抗がん剤治療を行った。

「この頃にはすっかり筋力が落ちてしまって、ひどいときは起き上がるだけで15分もかかるほどでした。もちろんプロ用のカメラなんて持てません。だけど、スマホなら指1本動かせれば写真が撮れます。最初は入院記録のつもりで撮っていました。すると、病院という限られた空間でも、見渡すといろいろなステキなシーンがあるんです。たとえば、車椅子が並んだ廊下も、とてもドラマチックな写真が撮れる。今のスマホって本当に性能がいいんです」

 写真を通じて、医師や看護師との「病気だけではない」話題や交流が生まれるのも楽しかった。何より写真を見せたときの家族の反応が印象的だったという。「たぶん言葉でどれだけ『大丈夫』と言っても、伝わっていなかったと思うんです。やはり家族は心配ですから、『強がっているんじゃないか』と。だけど、写真からはもっと深いものを感じ取ってくれたようで、『こんな写真を撮れるということは、落ち込んでばかりじゃないんだな。楽しい時間も過ごしてるんだな』と安心してもらえました」

■「どんなときでも楽しみは作れる」ことを伝えるためにがん写真展を開催

 抗がん剤治療を終えた後も、合併症による腸閉塞を起こし、丸1年で9回の入院、4度の手術。その間に人工肛門を造設するという過酷な体験をする。そのときばかりはポジティブな木口氏も、自身の体に起こっていることに絶望的になり、心を閉ざしたという。しかし、それもわずかのあいだだけだった。ある日、陽の明かりを見て気持ちを再び持ち直し、それからは「がんになったことは、プラスでしかなかった」と語っている。

「がんになったことのないほとんどの方は、『がんって大変なんだろうな』『死んでしまうのかな』と想像すると思うんです。もちろん、心も体もグッタリしてしまうときはあります。だけどそれ以上に得られたのは、がんにならなかったら出会えなかった人、気づけなかった自然の美しさ、一瞬の時間の楽しさ──。それは私の人生において、かけがえのない価値のあるものなんです」

「ポジティブすぎる性格であることは自覚しています」と木口さんは笑う。すべてのがん患者が、自分と同じようにすぐに立ち直れるわけではないことも理解していた。同じ病棟には体の状態は改善しても、落ち込んでベッドに座り続けるしかない患者もいたという。それでも「どんなときでも楽しみは作れる」ことをすべての人に知ってほしい。そんな思いから最後の手術を終えた木口さんは、仲良くなった看護師と協力し病院内での写真展を企画する。

「全国のがん患者さんやご家族、お友だち、医療者などから募った写真を展示する、『がんフォト*がんストーリー』の原点となった写真展です。100点以上寄せていただいた写真を1枚1枚プリントアウトして、額も自作して、展示場となったがん治療センターの待合室をカフェみたいにオシャレに飾って。その頃は仕事ができなかったので、時間だけはあったんです(笑)。寄せられた写真もステキなものばかりで、観に来てくださった方もたくさんコメントを残してくれました。そのコメントを応募してくださった方に1つ1つお返ししたところ、とても喜んでくださいました。なかには『がんになって初めてよかったと思いました』とおっしゃっていた方もいました」

■不特定多数に開かれたネットの世界での活動へ「不安はなかった」

 東京の一病院に全国から多数の写真が集まったのは、自身の経験をテーマにしたブログ「ハッピーな療養生活のススメ」での呼びかけも大きかったという。このブログが、木口さんの「世の中のがんに対するイメージを変えたい」という思いから始まった最初の活動だった。

 人工肛門造設手術の直後に始めた同ブログは、がんの体験を綴った内容ながら、そのタイトルが表すようにポジティブでハッピーな空気が漂っている。コメント欄はがん患者や家族といった当事者の交流の場にもなっているようで、アクセス数からも人気ブログとなっていることがうかがえる。

「その前は友だちと交流するためのSNSしかやっていなかったんです。だけど、ブログでオープンに発信したところ、たくさんの仲間ができたり、それこそ病院での写真展にもたくさんの写真が集まったりと、ネットの可能性ってすごいなと実感しました」

 不特定多数に開かれたネットの匿名の世界では、ときにネガティブなリアクションもある。その最たるものが、コメント欄をオープンにしたブログやSNSに集まりがちな悪意だ。闘病で苦しんでいる人でさえ、匿名による攻撃にさらされるケースもある。しかし木口さんはブログを始めるにあたって、「とくにそこへの不安はなかったです」とあっけらかんと話す。

「どんなことも『やっちゃえ!』という感じで始めるほうなんです(笑)。ただ、一番気をつけなければいけないのは、私は良くても、傷ついている状態の人をさらに傷つけてはいけない、ということでした。ブログを見てくださる方の多くはがんの当事者や家族、医療者なので、もしもそういった人を傷つけるようなコメントが書かれたら、そのときはきちんと対処するつもりでした。でも、誹謗中傷とか攻撃的なコメントなどは、今のところまったくないです」

■ポジティブがポジティブを呼ぶ活動が生み出した温かいネットコミュニティ

「誰も傷つけてはいけない」と語るように、木口氏の筆致はユーモラスながらもすべての人に寄り添うような優しさに満ちている。専門的な医学用語も多数使われているものの、その内容のわかりやすさも魅力のひとつだ。「1本のブログを書くのに、だいたい5~6時間かかります。一字一句に向き合っていると、どうしてもそれくらいかかってしまうんです。だから、それほど頻繁にアップはできないんです。アクセス数を増やすには頻繁にアップしたほうがいいんでしょうけど、一気にたくさんの方に来てもらうより、ジワジワ広がっていくほうが意味があるんじゃないかなと思ってやっています」

 一昨年からはリアルの写真展や、ピアノ演奏のバックで写真のスライドムービーを流すコンサートなど、『がんフォト*がんストーリー』のスピンオフ企画も行っている。

「イベントをする際に意識しているのは、なるべくがんに興味がない方にも触れてもらえるようなものにすること。参加者のなかには『がんでも外出していいんですか?』という方もいて、やはりがんに対する世の中のイメージは『怖い』『人生が楽しめなくなる』というところで止まっているんだなと。まだまだやるべきことはたくさんあります」

 自主イベントのほかにも、近年はさまざまな団体から写真の展示やワークショップ、コンサートなどの依頼が増えている。当初は仲間内でイベント運営を行ってきたが、最近では木口さんの活動をネットで知り、「自分も携わりたい」と申し出てくる人も増えているという。とかく炎上や誹謗中傷といった負の側面がクローズアップされがちなネット空間だが、そこに温かいコミュニティを作り上げている木口氏は「私にとってはポジティブがポジティブを呼んでいるというか、いい出来事しか起こっていないですね」と微笑む。
(文/児玉澄子)

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