これぞスーパーリアリズム ケント紙で作ったラジオが驚きの再現度
おたくま経済新聞 / 2021年5月26日 12時0分
ケント紙で作られた小坂学さんの作品(小坂学さん提供)
美術の世界には、実物以上に対象を克明に描写する「スーパーリアリズム(超写実主義)」と呼ばれる表現手法がありますが、これはそんな立体作品といえるかもしれません。ケント紙を使い、ラジオを内部まで克明に表現した美術作品が制作記録も含めてTwitterに公開され、人々の驚きを呼んでいます。
これを作ったのは、美術作家の小坂学さん。ケント紙を素材に、身の回りの様々なものをモチーフにした立体作品を作ってらっしゃいます。
その作風は、対象を細部に至るまでよく観察し、その形状や質感を克明に表現するというもの。彩色をせず、ケント紙の白い地肌のままとなっているため、モチーフの姿を客観的に際立たせ、どこか匿名的な観念性をも帯びています。
今回、小坂さんがモチーフに選んだのは、松下電器産業(現:パナソニック)が1980年代末に発売した小型ラジオ、RF-U35。中学生の頃怪我で入院した際、親御さんに買ってもらった思い出の品だそうで、現在も愛用されているとのこと。
作品制作に取り掛かります、と小坂さんがTwitterで告知したのは2021年3月4日のこと。ここから逐次、制作の進行状況が「制作記録」としてTwitterにアップされていきました。
小坂さんの作品作りで重要なのが、モチーフの徹底的な観察。完成すれば見えなくなる基板の細部や、そこに取り付けられた部品までも正確に作り、配置していきます。
この観察作業、写真をもとにして作るのと違い「モチーフである実物が手元にあると観察する解像度がマックスになります」ということですが、逆に見えすぎてしまうのも良くないらしく「そこそこの解像度が実は一番心地いいんだと思います」と小坂さんはツイートしています。
細部まで際限なく見えてしまうことで、余計な情報や意識が生まれてしまい、それが結果として表現すべきモチーフ像を見失わせてしまう、ということでしょうか。文章を書く際、句読点の位置や言い回しに神経を使い過ぎ、逆に文章の読みやすさが失われてしまったり、論点が分かりにくくなったりするのに似ているかもしれません。
スピーカーも、コーン紙のマウント部分や背部の駆動部分、フレームまですべてケント紙で作っていきます。細かい部分は紙を糸のように細く切り出し、それを貼り重ねていくという地道な作業。
基板や本体に記された文字も、全部ケント紙で作ります。文字のピッチを正確に写し取り、慎重に配置していきます。
ストラップは、糸のように細く切り出したケント紙を編むような形で貼り重ね、質感を表現。本物と同じようなしなやかさが表現されています。
また、スピーカーネットも細いケント紙を並べて織目を表現。ここは本体スピーカーグリルの裏側になってしまうところですが、実物にある以上は表現の対象となります。
目立たないような部分まで神経を使って作ることについて、小坂さんは「物事の全体を捉えるには必要な観察だと思っています」とツイート。“神は細部に宿る”という言葉もありますが、細かい部分もおろそかにしないことで、モチーフ全体を捉えて形にしていく、という姿勢がうかがえます。
細かな部品やディティールまでも正確に表現し、ケント紙で立体化したラジオ。完成がTwitterで報告されたのは2021年5月24日のことでした。
作品作りの過程を見守っていた人々からは「完成おめでとうございます」という祝福の言葉が贈られたほか、初めて見た人からは「ケント紙って…こんなに万能だったっけ…?」と、細部まで徹底的に表現された作品に驚きを隠せない、といった感想も。確かに、ぱっと見ただけでは紙でできているとは思わず、本物を白く塗ったようにも思えてしまいますね。
小坂さんの作品はTwitterや展覧会で見られるほか、美術雑誌「美術の窓」2021年5月号で、山下裕二さんの連載「今月の隠し球」でも紹介されています。緻密に作り上げられたケント紙の作品に驚くとともに、本物を見ているだけでは気づかなかった点まで見えてくる……これぞスーパーリアリズム的作品の面白さだと思います。
中学生の頃ケガで入院した際に母が買ってきてくれたパナソニックのラジオ。万感の思いを込めケント紙を用いて制作しました。 pic.twitter.com/EMB9gmafb4
— manabu kosaka / 小坂学 (@coca1127) May 23, 2021
<記事化協力>
小坂学さん(@coca1127)
(咲村珠樹)
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