“息を引き取る“という言葉の意味がわかった......漫画家・宮川さとしが向き合った“母の死あるある“の日々

おたぽる / 2014年8月7日 22時0分

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『母を亡くした時、僕は遺骨を食べたいと思った。』は、ウェブ上で無料で読むことができる漫画サイト『くらげバンチ』で連載された作品だ。

「えらく長いタイトルの漫画だな〜」と少しだけ興味をそそられて読んでみたら......思わず号泣してしまった。

 たんたんとしたテンポとタッチの漫画なのだけど、とにかくページをめくるたびに胸が締め付けられる。

"母親のいない世界"という、普段と少しだけ違っている取り返しがつかない世界と真正面から向き合って描いたこの作品は、どのようにしてうまれたのか? 作者である宮川さとしさんに話を聞いてみた。

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 きちんと意識したことはなかったですけど、母とは小さい頃から仲がよかったですね。少しだけ女の子のように育てられました。
 
 小さい頃は、

「他の兄弟の食べ残しは食べられないけど、あんたのは食べられるわ」

なんて、よく言われていました。

 ぼくは、大人になって、20代前半から半ばくらいまで、大病を患っていたんですが、その間もずっと、母親に看病されていました。その経験を踏まえて、母に対する思いはより強くなったと思います。

 母は医者が嫌いで、体調が悪くてもなかなか病院に行かなかったんですよ。でもある日、どうしても胃痛がたえられなくて、母はひとりで病院に行きました。

 帰ってくるなり玄関先で、

「わたし、どうも癌みたいだわ」

とぼくに言いまして、一瞬ゾクッとするものは感じたんですけど、すぐに

「うちの親に限って大丈夫でしょ」

と都合よく思ってしまいました。

 その後、医者に正式に癌であると告げられても、余命半年と言われても......それでも

「大丈夫でしょ」

と都合よく思ってしまうんです。

 脳が深刻に考えないように、麻痺してしまうのかもしれません。

 実際、癌になったからといって、すぐに亡くなるわけではないです。しばらくは、癌と共に生活するわけですよね。

 当時私は、岐阜県で自営業の塾をしながら、漫画家を目指していました。それに独身で、他の兄弟より時間に自由がききましたから、母の看病もしていたんです。母の診察の待ち時間に漫画のネームを描いていました。

 最初は余命半年と言われていたんですけど、抗癌剤とかやっているうちに2年ほど経ちまして、

「本当に、このまま大丈夫なのかも」

と気楽に思っていた矢先に、母はがくっと体調を崩して、そのまま亡くなってしまいました。

 母が亡くなる瞬間まで、まばたきもせず見ていました。"息を引き取る"という言葉の意味がわかりました。とてもつらかったけど、貴重な経験をさせてもらったと思います。

おたぽる

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