FROGMAN、人生の転機となった『菅井君と家族石』から10周年!「今はFlashアニメと言わないようにしている」

おたぽる / 2014年11月25日 11時1分

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――「島根にパソコンなんてあるわけないじゃん」。2000年公開のアニメ映画『デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!』のセリフが面白がられる中、04年、実際に島根県でパソコンを使って制作された"あるショートアニメ"がネットを中心にヒットした。島根県に暮らす赤貧の黒人家族をコミカルに描いた『菅井君と家族石』。この作者はFROGMAN、今年3月に東証マザーズに上場した映像コンテンツ制作会社・DLEの取締役でもある。『菅井君と家族石』を自主制作したことで、人生が劇的に変化したFROGMANさんに、あらためてこの10年を振り返ってもらった。

■このイベントなくして今のDLEなし! 伝説のイベント「JAWACON 2005」

 10年前、04年の冬、大阪で「菅井君と家族カフェ」が開催された。これは、気功師の菊池ドクケンさんが企画した『菅井君と家族石』の自主盤DVD発売イベントである。筆者は一体どんな人物がこの作品を制作しているのか気になっていたところで、ようやく会えるチャンスが到来した。この絶好のタイミングを逃すわけにはいかない。当時『菅井君と家族石』を公開していた動画投稿サイト「BroadStar(現:BROSTA TV)」のスタッフにも声をかけ、会場に向かった。

 カフェのドアを開けると、そこには黒ずくめの長身の男。同時に地声からすでにクリス・ペプラーさんに似ていることを確認した瞬間でもあった。そう、この人がFROGMANさん、その人である。

FROGMAN「あの当時もそうなんだけど、相変わらず『これ(映像)で食ってく』ってつもりはずっとありましたね。『蛙男商会』って"商いの会"って名前をつけたのが、自分の中でも矜持というか、『別にこれは遊びじゃなくて、食うためにやってんだ!』っていう思いを貫いてます」

 あの日、FROGMANさんと話して実感した本気度は、10年後の今も健在である。

FROGMAN「プロとしてDLEでやってても、『個人作家だから安くやってよ』みたいな見方をされるんですけど、『いやいやいや。そこらへんはキッチリお金を頂きますよ』と。『商売だから食うためにやってんだ!』というスタンスは、まず変わらない。それ以外は、ほとんど変わっちゃいましたね。1人でやってると言いながら、今はあの頃よりはお手伝いさんもいるし、状況が変わっちゃってる。変わらないのは『これで食ってこう』ってプライドだけですね」

おたぽる

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