「プレゼントの山」に麻痺し精神束縛に気づけない【不倫の精算2】
OTONA SALONE / 2017年12月30日 18時30分
「彼に従うしかない」という束縛
— 待ち合わせ場所のレストランに現れたB子(42歳)は、ジーンズに包まれた細い足で大股に歩きながら、ライダースジャケットの上半身を伸ばしてこちらを確認すると急ぎ足で近寄ってきた。
「遅くなってごめんなさい、お客さんがいて」
席に座ると置かれていた水を一気に飲み干す。その手首にはレザーのブレスレットが巻きついているのが見えて、あぁ、昔はシルバーの細い鎖のやつだったっけ、と改めて彼女の「変化」を思った。
大手チェーンのファストファッション店で契約社員として働くB子は、独身で実家暮らし。年老いた母とふたりで生活していて、父親は彼女が小さいころに離婚している。体が丈夫でない母親は働くことができず、わずかな年金とB子の収入だけが頼りの毎日だ。
「まぁ贅沢しなければ生きていけるよ」と言いながら、以前の彼女は節約に気を使い、友人たちとの付き合いも無理のない範囲で楽しんでいた。
欲しい服はしっかり吟味して安売りを狙って買う。職場には毎日母親の昼食と一緒に作るお弁当を持参して、お金のかかる遊びは控える。そんな女性だった。
ところが今は違う。彼女が着ている服はすべて既婚の「彼」から贈られたものだ。ブランドもののジャケットもジーンズも、ブーツも彼女の好みとは思えない男っぽさのあるデザイン。若い頃に無理して買ったと言っていたピンクサファイアのはまったリングは、今はターコイズのごついデザインのものと替わっている。
リングもいくつ目になるかわからないね、と言うと、
「要らないって言うのにあの人が買ってくるから……」
眉を下げて彼女は笑った。彼からのプレゼントのおかげで服にかけるお金が減り、家計はだいぶ助かっている。デートのときもお金はすべて彼が払ってくれて、B子が負担することはない。
確かに楽なお付き合いかもしれないが、その代わり彼女は「彼に従うしかない」という束縛に苦しんでいた。
注文しようか、と座り直したB子は、隣の椅子に大きな紙袋をどん、と放った。
「異常な愛」に気が付かない
B子と彼は仕事の取引先で出会った。そのころ、彼女は夫の浮気が原因で離婚したばかりで軽いうつ状態を患っていて、それを親身になって励ましてくれたのが彼だった。
彼が結婚していることはわかっていたが、弱っていたB子は彼の親切心をはねのけることができなかった。
そして、
「正直、既婚者なら逆に大丈夫って勘違いしていたんだと思う」
一番身近な異性である夫に裏切られたことが、B子の心を大きく傷つけていた。慰謝料から逃げようとする元夫に念書を書かせるため調停まで開き、男の醜さを底まで味わったB子にとって、既婚者でありながら自分のことを気にかけてくれる彼は、とても純粋に見えた。
あぁ、この人はまともなのかな。そう思って気を許したのが間違いだった。
B子の状態が落ち着いても、彼は離れようとはしなかった。仕事が終われば食事に誘い、休日はドライブを提案し、何かとB子を気遣った。そして会えば必ず支払いはすべて彼が済ませた。
雀の涙ほどしか払われなかった慰謝料はすぐに生活費に消えてしまい、彼女は慎ましく生活しながらも彼の誘いを断れずにいた。
このままではいずれ体の関係を持つことになるだろう。そんな予感が色濃く生まれても、彼がプレゼントしてくれる服やアクセサリーは彼女の心のテンションを上げる。たとえ自分の好みとは違っていても、B子はまだ彼の「好意」を信じていた。
自分のことを愛しているから、お金をかけてくれるのだと。
直接お金を渡されるようなことはなかったが、彼はどんどんB子に靴やバッグを買い与えた。そしてそれを身に着けるようお願いした。
請われれば、B子は従うしかない。断って気分を害するのは申し訳ないし、普段と違うスタイルで過ごすのは新鮮で楽しかった。
そうして、気がつけば部屋は彼からもらったものでいっぱいになっていた。
そんな関係が続いたある夜、B子はついに彼にホテルに誘われる。「断るべきだ」と思ったが、これまでもらった贈り物の山を考えると、どうしても拒否できなかった。
結ばれてからは、より一層彼はB子に会いたがるようになった。彼女が女友達との約束があるから、と言うと不機嫌になり、「その服で行くの?」と自分が贈ったものを着ている彼女に指を向ける。
とんでもない嫌味だ、と胸が苦しくなっても、結局B子は彼に逆らえずに友人にドタキャンの連絡をしていた。
彼の異常さに気がついたときは、B子の周りからは少しずつ人が減ってきていた。
依存からの脱出
彼女が明らかにおかしくなっていることに気がついた友人たちは、何度も説得した。
不倫なんて間違っていること。そんな理由で自分を優先させようとするなんて異常なこと。愛ではなくお金で縛ろうとしていること。
B子は、最初は「そんなことないよ」と否定していたが、心のどこかであぁやっぱり、と思っていた。自分はただの着せ替え人形であって、彼好みの女性に仕立てられているだけ。お金をかけてくれるのは、愛しているからじゃなくて自分の好きなように扱いたいだけ。
飽きるまで楽しむだけの存在でしかない。だから不倫。
離婚で参っていた彼女に最初から「施し」を与えることで信用を得て、自分の言いなりにさせたかっただけ。
家計が楽になるから、という下心があったことを、B子は否定しない。その甘えが彼の目論見でもあっただろう。
お金で縛り、罪悪感をB子に植え付けることで、自分から離れていけないように仕向けてきたのだ。
だが、それに気がついても、B子は彼と別れることができずにいた。
すり込まれた依存は、彼への恐怖も一緒に育てていた。彼の気に入らないことをすると毒矢のような鋭い痛みが飛んでくる。それが怖い。
黙って言うことをきいていれば、大事にしてもらえる。彼に対してまったく愛情がないわけではなかった。落ちこんでいたB子に「大丈夫だよ」と笑顔を向けてくれた彼の姿が、いつまでも尾を引いていた。
「何時に会うの?」
と尋ねると、B子は時計を見ながら「あと2時間後くらい。まだ勤務だから」と答えて隣の紙袋を覗き込んだ。
中に入っているのは、彼からもらったコートだ。
「はー、怖い……」
ぼそりとつぶやいて、彼女はテーブルに肘をつくと頭を抱えた。今日これから、彼に返すつもりなのだ。
高すぎてもらえない、と固辞したけれど無理やり押し付けられたものだった。散々迷ったが、
「これを着るとまた抜け出せなくなる」
と腹を決めたB子は怒りをぶつけられるのを覚悟で持ってきていた。
彼からもらったもので身を固めている彼女のそんな言動は、大きな矛盾も感じた。
だが、すべてはB子が決断して決めることなのだ。
不倫というより、「愛人」のような扱いを受けるB子。
そこに自由はなく、彼女の意思は尊重されず、黙って従うことだけが暗黙の了解になっている。
だが、彼女自身が抜け出そうと思えばそれは不可能ではない。
その一歩を自分で選べることに気がつくのは、時間の問題かもしれない。
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