出会い系の既婚者でもいいから、自分を求めてほしかった【不倫の精算 11】
OTONA SALONE / 2018年1月28日 17時30分
どうして彼女たちは妻ある男と関係を持つのか。
彼女たちは、幸福なのか。不幸なのか。
恋愛心理をただひたすら傾聴し続けたひろたかおりが迫る、「道ならぬ恋」の背景。
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「ラクちんだから」
— K子(36歳)は待ち合わせのカフェに少し遅れて登場した。
「ごめん、駐車場がなかなか空いてなくて……」
と息を切らせて言うが、落ちかけたマスカラやセットの崩れた髪を目にすると、あぁホテル帰りなんだな、とわかる。
飲み物を買ってくると改めて席に座ったK子は、せわしなくバッグからスマホを取り出した。素早く指を動かす猫背の姿からは彼女の焦りが伝わるようで、いつもながら落ち着きがない、と思う。
何も言わずに見ていると、K子は「ごめん」とこちらに顔を向け、またスマホに戻った。
K子はタクシー会社の事務員として働いている。給料は安いが実家だから何とか生活できる、といつも言うが、サービス残業ばかりで昇給はわずかしかなく、副業も持っていない彼女は余裕のない暮らしを送っていた。
数年前から目にしているニットにくたびれたバッグ。アクセサリーの類も身に着けず、メイクをしなければ年齢より老けてみえることも多いK子は、決して華やかな雰囲気ではない。彼女が出会い系を使い、既婚の男性とばかりホテルで情事を楽しんでいるなど、恐らく誰も想像ができないだろう。
「あー、疲れた」
ぱん、とスマホをテーブルに置いて、K子は伸びをした。
「今日はどこのホテル?」とつい茶化すように言ってしまったが、K子は平然とした顔で「川沿いの、改装したあそこ」と返した。
「ていうか、バレてる?」と笑うK子に「あのさぁ、せめてファンデーションくらい直しておいでよ」と思わず本音が漏れる。
えー、面倒くさい。そう言うとK子はさっき置いたばかりのスマホにまた手を伸ばした。普段から使っている出会い系のアプリを開いてメールボックスをチェックする姿は、すっかり見慣れたものになっていた。
K子に頼まれていた小説を渡しながら、「まだやってるの?」と尋ねると、
「だって、ラクちんよ。結婚してる男って簡単に会おうとするから」
スマホの画面から目を離さず彼女は答える。
「いいじゃない。お互いわかってて会ってるんだから」
「求められたい」という飢餓感
K子が出会い系のアプリを使うようになったのは一年前。最初に打ち明けられたときは、まず「え、出会い系なんてやるの?」という驚きが強かった。
不細工ではないが凡庸ともいえる顔つきに、中肉中背の外見。一緒にいても常に背中を丸めてスマホをいじっていることが多く、自分の振る舞いもあまり気にかけることのないK子は、どこか田舎くさい倦怠感を覚えさせる女性だった。
最後に男性と付き合った話を聞いたのはいつだったのか思い出せないほど、K子は恋愛から遠ざかっていた。いつも会社と家の往復で、自宅では両親と過ごすより部屋にこもって小説を読む時間のほうが長いという彼女が出会い系なんて、すぐには信じられないのが実感だったのだ。
「最初は怖かったけどね、いざ会ってみたら優しい人ばかりだよ」
さらに驚いたのは、男性のプロフィールなどを見るだけでなく実際に会い、ホテルまで行ったことだった。行動力に感嘆したのではない。屈託のない笑顔でそんなことを言うことこそ、K子の世間知らずを象徴していた。
「やめときなよ、相手は結婚してるんでしょ? トラブルに巻き込まれても知らないよ」
何度もそう言ったが、K子は知り合った既婚男性と会い続けていた。
当初はK子も警戒してすぐに会うようなことは避けていたが、ある日メッセージのやり取りをしていた男性から「どうしても会いたい」と言われ、つい心が動いた。普段、男性と知り合うきっかけはほとんどなく、「会いたい」などと言葉をかけられることは、K子にとってほぼ「奇跡に近いこと」だったのだ。
「でね、会ってみたらすごく話が合って、またすぐ会いたいなぁって……」
相手が既婚者だという事実が、そのときはK子を安心させていた。奥さんがいる人なら、おかしなことにはならないだろう。どうせ会うだけだし。こんな油断が、彼女を不倫の道へと進ませた。
結局、会うたびに「可愛いね」「仕事、大変なんだね」など耳に心地よい言葉をかけられ続けたK子は、最初の男性とホテルに行くことになる。一度踏み外してしまえば、あとは転がり落ちるだけだった。
「結婚してる男の人なんてさぁ、どうせやることだけが目的なんだし、こっちも割り切っていればいいわけよ」
得意げな顔で、K子はそううそぶいた。最初の男性は二度ほどホテルに行っただけで関係は終わったが、すぐに次の既婚男性と知り合ったK子は、それからは「最短距離で」肉体関係を持つようになっていった。
「懲りないねぇ」。最初の男性と連絡がつかなくなったとき、「体目当てだったのかな」とやっと事実に気づいたK子は落ち込んでいた。だからもう出会い系なんてやらないだろうと思っていたが、実際は反対だった。
いつしか、K子の口から「ラクちんだし」「簡単だし」という言葉が多くなり、やっと気がついた。
彼女は、既婚者でもいいから、自分を求めてくれる人が欲しかったのだ。
最初に口説かれた快感が、K子のオンナとしての欲を思い出させていた。いつも男性に見向きもされない生活を送る中で、ここで出会う人は自分を女性として扱ってくれる。それが既婚男性と肉体関係を持つ理由だった。
「お互いわかってて会うんだし」と繰り返すK子の、笑顔の奥にある飢餓感が見えるようだった。
出会い系でしか相手にされない不安
「結婚とか、考えないの?」
出会い系で既婚男性と不倫するより、まともに婚活でもするほうがずっといいんじゃないか。そう言ったことがある。
そのとき、K子は
「こんな私、誰が相手にしてくれるのよ」
と口の端を歪めて笑った。
それが出会い系を続ける理由にはならないことは、本人が一番理解している。既婚男性が自分と会ってくれるのは、後腐れなく体の関係だけを楽しめるからだ。決して本気で自分を愛してくれているわけでも、先を考えているわけでもないことは、嫌でも実感するはずだった。
一度寝てしまうと、いつも関係は短命で終わっていた。それもK子を追い詰める事実のひとつだった。
「結婚してるオトコにすら、すぐ愛想尽かされるような私なのよ。独身なんて無理じゃない」
背中を丸めてスマホを握る指に力が入った。出会い系も、結局モテない自分を改めて思い知る瞬間の連続だったのだ。
「そんなことないって……」
言いかけて、後に続く言葉が思いつかなくて止めた。「誰からも相手にされない」自分を、誰よりも知っているのはK子自身なのだ。
こんなこと、いつまでもは続けられないだろう。K子の中に生まれた飢餓感は、既婚男性では決して埋まらない。それでも、まるで蟻地獄のようにK子は求め続けるしかないのだ。
孤独から逃れるために、出会い系を使うという人は現実に大勢いる。
それはつかの間の触れ合いであって、独身同士なら確かに新しい関係へ発展する可能性もあるだろう。
だが、相手が既婚者である限り、幸せな結末より重いリスクのほうが事実であり、K子の孤独も飢餓感も、深まる一方になる。
そこから目をそらし続ければ、本当に「誰からも相手にされない」自分を消費していくことになるのだ。
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