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【洋楽を抱きしめて】ドゥービーズを頂点に押し上げた『ミニット・バイ・ミニット』

OVO [オーヴォ] / 2021年7月24日 9時0分

『ミニット・バイ・ミニット/ドゥービー・ブラザーズ』(ワーナーミュージック・ジャパン)

 ドゥービー・ブラザーズほど音楽スタイルを変貌させたグループはそうはないだろう。初期の、切れのよいギター・カッティングが特徴的な、どこか土臭いサウンドで、力強く男っぽいトム・ジョンストンのボーカルが乗った作品の数々。

 それに対し、AOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)的とでもいうのか、ジャズ、フュージョンの味わいもあるシンセサイザー中心の都会的なサウンドが、ソフトなテノールのマイケル・マクドナルドのボーカルで歌われる後期の作品の数々。

 人によって好みや評価は分かれるだろう。しかし、ドゥービーズの歴史において彼らを音楽シーンの頂点にまで押し上げたのは何かと問われれば、答えは、1978年のアルバム『ミニット・バイ・ミニット』の大成功とシングルカットされた「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」の大ヒットということで、おそらく間違いないだろう。

 カリフォルニア州サンホセで産声を上げたグループは、'71年にアルバム『ドゥービー・ブラザーズ・ファースト』でデビュー。翌'72年にリリースされた第二弾アルバム『トゥールーズ・ストリート』から最初のヒット曲が生まれる。今でも人気の高い「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」だ。'73年のサード・アルバム『キャプテン・アンド・ミー』で彼らはさらなる成功を手にする。グループの代名詞ともなったギターのシャープなカッティングが聞かれるナンバーである「ロング・トレイン・ランニング」(全米最高位8位)と「チャイナ・グローヴ」(同15位)である。トム・ジョンストンのワイルドな歌声が印象的だ。

 '74年には第四弾アルバム『ドゥービー天国(What were once vices are now habits)』が発表され、シングルカットされた「ブラック・ウォーター」が初の全米チャート首位を獲得した。フロントマンのトムに次ぐ男といってもいいパット・シモンズの作品で、彼のアコースティック・ギターがフューチャーされた南部色が強いナンバーだ。

 ドゥービーズは'75年にアルバム『スタンピード』を制作する。しかし、まもなくグループの創設メンバーであり実質的なリーダーだったトムが健康上の理由で脱退の意向を表明する。後任として白羽の矢が立てられたのが、元スティーリー・ダンのシンガーソングライター、キーボーディストのマイケル・マクドナルドだった。

 マイケルの加入でドゥービーズの音楽は一変する。'76年リリースのアルバム『ドゥービー・ストリート(Takin’ it to the streets)』の表題曲は、それまでのウエスト・コースト・サウンドとは程遠い、キーボードが印象的な、ソウルフルなナンバーだった。シングルカットされ最高位13位。'77年にはアルバム『運命の掟(Livin’ on the fault line)』を発表。

 マイケル・マクドナルド路線のドゥービーズが最高潮を迎えたのがアルバム『ミニット・バイ・ミニット』である。アルバムはチャートのトップに輝き、シングル「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」も全米首位を獲得してグラミー賞の3部門を受賞した。
 '82年にバンドは解散。'89年の本格的な再結成後は5枚のアルバムを発表している。

文・桑原亘之介

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