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インフルエンサーは子どもたち?英国のパラリンピックムーブメントとは

パラサポWEB / 2021年8月20日 16時12分

パラリンピック史上最も成功したと言われている、2012年のロンドン大会。用意されたチケットは完売し、満席となった競技場はどこも選手を応援する声援と熱気に包まれた。そんなパラリンピックムーブメントの一端を担ったのが、大会の何年も前から実施されていたという教育だった。世界が注目した、オリンピックとパラリンピックの価値をベースにした独自の教育プログラム「GET SET(ゲットセット)」とは、どのようなものなのだろうか。

東京2020パラリンピックで日本人はレガシーを残せるのか?
ロンドン2012パラリンピックで熱狂する人々 (写真は、Olympics & Paralympics Team GB - London 2012 Victory Parade )©︎Getty Images Sports

ロンドン2012パラリンピックは、チケットが完売するなど開催期間中の盛り上がりもさることながら、閉会後もイギリス社会にD&I(ダイバーシティ&インクルージョン)が浸透し続けていることから、世界中から注目を集めている。こうしたレガシーを東京大会でも残すことが出来るかを考えるべく、4週にわたり、「THE INNOVATION 2012 LONDON >>> 2021 TOKYO」(主催:公益財団法人日本財団パラリンピックサポートセンター)というオンラインカンファレンスが開催された。「教育」をテーマにした第4週目の参加者は、ロンドンオリンピック・パラリンピック組織委員会の教育プログラム「GET SET」の開発責任者Nick Fuller氏と、日本版「GET SET」とも言える『I’mPOSSIBLE(アイムポッシブル)』日本版の開発責任者であり1998年の長野パラリンピックの金メダリストでもあるマセソン美季氏。さらにこれらのプログラムを実際に使っている現場の代表として、イギリスのハウズ小学校の副校長Rebecca Bollands氏と、千葉市教育センター指導主事の松村順氏。そして2児の父であるお笑い芸人、トータルテンボスの大村朋宏氏。国境を越えて、今こそ子どもに受けさせたい教育について語り合った。

イギリス全土を巻き込んだ教材「GET SET」とは?

まずイギリスで使用された教育プログラム「GET SET」だが、その名前の由来が興味深い。かけっこなどのスタート時に日本で言う「よーい、どん」のことをイギリスでは「Get set(よーい)、Go(どん)」と言うそうだ。つまり「GET SET」は何かに向けて準備するという意味。Fuller氏たちは「子どもたちに、パラリンピックを通じて得られるかけがえのない経験に対する心構えをしてほしい」という強い思いを込めて、この名前をつけた。こうして誕生したオリンピック・パラリンピックを題材にした教育プログラム「GET SET」は、主にそのパラリンピックに関する箇所について、3つの主要な段階で構成されている。

1.パラリンピックムーブメントの歴史、スポーツとアスリートを題材にし、パラリンピックの価値を伝える教材

2.パラリンピックの歴史、価値、アスリートなどパラリンピックのエッセンスをフルに活用した教育キャンペーン

3.スポンサーを巻き込んだ教育機会やリソースの構築

中でもこのプログラムの中心となるのは、1のパラリンピックの価値を伝える教材を使った教育で、これはデジタル化され、イギリス全土の教員が必要なときにすぐにダウンロードして使うことができた。大会開催5年前の2007年から準備が始まり、2や3のキャンペーンなどを並行して行い、2008年から教育現場での活用がスタート。結果として大会開催の2012年にはイギリスの85%の学校がこのプログラムを利用。2008年から2012年の間に延べ50万人の子どもたちがこのプログラムに参加するなど、大きな成功を収めた。

子どもが親へ伝える逆転の発想「リバースエデュケーション」

ロンドン大会ではこのように成功したわけだが、そもそもなぜ子どもを対象にした教育を行おうと思ったのだろうか。そこには「Reverse Education(リバースエデュケーション)」という考え方があった。

Reverse Education

逆向きの教育。通常の教育は教師や親から子どもに教えるが、逆に子どもが学校などで習ったことを親や周囲の大人に伝え、それらが広く浸透していくこと。

Fuller氏は「共生社会の重要なメッセージを、子どもたちから地元のコミュニティに発信して欲しかった」と当時の思いを語る。

これを聞いた大村氏は「共生社会を実現したい、障がい者について考えたいとなったら、大人をターゲットにしそうですが、子どもたちに教えようというのが凄いですね。そこにさらにスポーツという身近なものを絡めたから浸透したんですかね」と、子どもたちをターゲットにした着眼点に感心していた。

アンケートによると、「GET SET」を利用した生徒の83%が「障がい者についてより前向きに感じるようになった」と回答。さらに教員の回答を見ると「生徒のやる気が高まった」(91%)、「生徒の学習への関与が向上した」(79%)と、ポジティブな変化が見られた。

そして「GET SET」は時代にあわせてその都度刷新され、ロンドン大会から9年たった現在でも教育現場で活用されているという。

パラリンピック教育プログラム『I’mPOSSIBLE』日本版
『I’mPOSSIBLE』日本版の開発責任者であるマセソン美季氏

一方、東京2020パラリンピックの開催をきっかけのひとつとして開発された教育プログラム『I’mPOSSIBLE』日本版(以下『I’mPOSSIBLE』)は、国際版の教材を元にローカライズされた教材だ。その名前の由来に開発者たちの思いが込められている。

「不可能という意味の英語impossibleにアポストロフィーをつけるだけで『私はできる』という意味になる。つまり、不可能だと思えたことも、考え方を変えたり、少し工夫したりすればできるようになる。簡単に諦めずにどうしたらできるようになるか、そんなふうに考える癖をつけてほしいというメッセージを込めました」(マセソン氏)

教材は、動画や紙芝居形式の資料などが使われ、子どもたちが親しみやすい工夫もされている。たとえば、以下のような四コマ漫画の課題にグループで取り組むワークがある。

1コマ目:修学旅行先で、車いすに乗った「れい」を含む子どもたち5人のグループが焼き肉店に行こうと計画している。

2コマ目:実際に店に来てみると目当ての焼き肉店は階段を上った2階にあることがわかる。

3コマ目:隣の建物の1階にあるイタリアンなら車いすでも入れるが「どうしようか」と心の中で悩んでいる。

4コマ目:悩んだ少女は車いすの「れい」に話しかけているが、台詞は「?」になっている。

ここで「?」に入る言葉を考えようというのが課題だ。この問題にチャレンジした大村氏は以下のように答えた。

私、焼き肉を食べると去年亡くなってしまった焼き肉大好きだったおばあちゃんを思い出してしまって悲しいから、イタリアンにしよ!

大村氏は、車いすの「れい」が自分のせいでみんなが目当ての焼き肉店にいけない、と申し訳なく思わないように、おばあちゃんの思い出を引き合いに出しつつ車いすでない自分からイタリアンに行きたいと言えばいいのではないかと考えたそうだ。お笑い芸人の大村氏らしいユニークな回答だが、同じ課題に対して実際の授業で子どもたちが出した答えもさまざまだったそうだ。

――普段はどうしているの? と車いすの子に聞く。

――誰かが抱きかかえて上がってもいいかを聞く。

――店員に従業員用エレベーターなどがないかを聞く。

マセソン氏は、この課題には正解・不正解はなく、取り組むこと自体に意義があると語る。

「このアクティビティは正解を探すのではなく、対話しながら納得する解決策を探すことに意味があります。更に、将来子どもたちが、たとえばレストランを経営するようになったらエレベーターの必要性だとか、どんなサービスを提供したらより多くの人たちに満足してもらえるかとか、そういうことを考えるきっかけになるのではないかというのが狙いです」(マセソン氏)

このように身近な例から自分で考え、周りの人のさまざまな考え方にも触れることで、なにごとも簡単に諦めずにできる方法を考えたり、互いを尊重し対話しながら意見をすり合わせていく習慣を身につけることができる。この習慣は子どもたちの将来のさまざまな場面で役に立つことだろう。

現場の教師や生徒の反応は?

では実際に、こうしたプログラムを体験した教師や子どもたちは、どのように受け止めていたのだろうか。イギリスで「GET SET」を導入したBollands氏は、最初に教材を使ったときのことを、とてもエキサイティングだったと振り返る。

「このプログラムを導入したら、全校生徒がパラリンピックに関心を持ちました。スポーツの見方が変わったのだと思います。そして全校生徒が参加できるバルーンという行事をやったり、パラリンピック選手が学校を訪問してくれて、子どもたちに大きな刺激を与えてくれたりしたこともありました。教科書による教育から一転して体験する教育へと変わるのをリアルに実感したんです。そして子どもたちも教師もパラリンピックに限らず、活動的になりました。障がいを持つ子どもたちも自分の意見を言うようになり、自分たちの可能性について考えるようになったんです」(Bollands氏)

また、長期的な変化としては、パラリンピック競技への認識が高まり、障がいの有無にかかわらず、全校生徒の間でパラリンピックスポーツに参加したいという希望が増えたと言う。これをきっかけにBollands氏が勤務する学校のあるコヴェントリー市では、すべての子どもたちが参加できるボッチャフェスティバルが定期的に開催されるようになった。

千葉市教育センター指導主事の松村順氏

同じように、前任の学校で『I’mPOSSIBLE』を実際に活用していた松村氏は、導入してすぐに手応えを感じたと言う。

「最初の『パラリンピックってなんだろう?』という授業で、パラリンピックのダイジェスト版映像を子どもたちに見せ、私たちと何が違うのか、何が同じなのかを一緒に考えたんですが、すごく興味や関心が高まったのを感じました」(松村氏)

また、「もしも車いすの人が学校に来たらどうする?」という問いには、

――階段に板をつけてスロープにする。

――大人を呼んできて自分たちは案内をする。

――教室の中で動きやすいように机の脇にかけてあるものをどかす。

などと、さまざまなシーンを考えたいろいろな意見が飛び交ったと言う。そして『I’mPOSSIBLE』の授業を受けた子どもたちには、誰かが掃除をしていたら手伝ったり、低学年の子どもが給食をこぼしたら片付けるのを手伝ったり、普段の生活の中でも困っている人がいないか気に掛け、見つけたら手助けするようになった、というような変化が見られたそうだ。

車いすユーザーであるマセソン氏は『I’mPOSSIBLE』がどのように利用されているか、学校へ見学に行った際にとても嬉しい体験をしたと言う。

「ある子どもが『車いすって特別なものではなくて、ただの動くいすだから、普通の人とかわらないんだね』と言ってくれました。、車いすに乗っている人はかわいそうと思われがちですが、そうじゃないと思ってくれていると感じて、『よしっ!』と思いましたね」(マセソン氏)

日本での『I’mPOSSIBLE』日本版の普及状況は「GET SET」には及ばないが、そんな現状をマセソン氏は決して悲観していない。

「私たちは今、共生社会を作っていく上で必要なインクルーシブな考え方という種をまいているところです。将来、この考え方を持った子どもたちが成長して、ものを作ったり、サービスを提供したり、決まりを作ったりなど、さまざまな分野で活躍する際に、いろいろなところにインクルーシブな考え方がちりばめられていったら、私たちの未来が着実に共生社会に向かっていくと信じています」(マセソン氏)

この言葉を受けるようにして大村氏が言った「皆さんが種をまいているところであれば、僕は水をあげたいと思います」という言葉が印象的だった。子どもたちの中に芽生えたインクルーシブな考え方を大事に育てていくこと。それこそが私たち大人に課せられたミッションではないだろうか。

text by Kaori Hamanaka(Parasapo Lab)


<好評につきカンファレンスのアーカイブ配信決定!>

詳細は下記ページよりご覧ください。

<SESSION1>パラリンピックは、単なるスポーツイベントなのか https://www.parasapo.tokyo/schedule/47185

<SESSION2>スポーツが人生をポジティブに変える https://www.parasapo.tokyo/schedule/47187

<SESSION3>ロンドンパラリンピックを成功に導いた至高のメディア戦略 https://www.parasapo.tokyo/schedule/47189

<SESSION4>ロンドン発!社会を変えるパラリンピック教育の可能性 https://www.parasapo.tokyo/schedule/47254

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