小田龍一、勇太先生と弟のサポートで5年ぶりV

ParOn.(パーオン) / 2014年11月2日 18時24分

最終日9アンダーの62をマークして、圧倒的な強さで優勝した小田龍一 マイナビABCチャンピオンシップ(2014)(最終日) 写真・佐々木啓

マイナビABCチャンピオンシップ(10月30~11月2日、兵庫県・ABCGC、7130ヤード、パー71)

 首位タイでスタートした小田龍一は、1イーグル、7バーディの62とシード喪失のピンチを感じさせず、圧倒的な強さを見せて、5年ぶりにツアー2勝目を挙げた。

 3番(パー3)で4メートルのバーディパットを沈めると7番で6メートル、9番でも4メートルを沈めてバーディを奪い、2位に2打差をつけてハーフターン。後半に入ると手綱は緩めるどころか、勢いは増す。2位の谷原に2打差で迎えた15番(パー5)は、8メートルを沈めてイーグルを奪うが、谷原も入れ返す。「谷原を見て18アンダーから20アンダーを目標に上方修正しました」と、最後まで攻めの姿勢を貫いて、16番で4メートル、18番は1.5メートルのバーディパットを沈めて後続を振り切った。

「12アンダースタートの小田さんが9アンダーを出したら、勝てないですよ。ミスもないし、すごかったです」

 最後まで優勝争いしていた谷原が舌を巻くほどの完璧なゴルフだった。

「今日のスコア、よく覚えていないんですよ。結局5打差だったんですか?(笑)」

 優勝争いの最中、小田(龍)は、駆け引きを考えることなく不調の長いトンネルから抜けるためのスイングの課題に集中していた。

「ずっとショットが悪くて成績が出ていませんでした。秋口に弟(プロゴルファーの小田新)が、『スイングが緩んでいる』といってくれました。バックスイングでワキを閉めたまま手が腰の高さまで上がったら、切り返すイメージにしたら、余計なことをしなくて体を使って打てるようになったのです」

 昨年賞金シードを喪失し、2009年の日本オープン優勝の5年シードの最終年。ここ2年は「シードを落としたらもうツアーに出られないと思った」ほどのスイングイップスに悩んでいた。しかし、初優勝を遂げた日本オープンでキャディとしてサポートした弟のアドバイスが不調脱出のきっかけとなった。
「ウィニングパットを沈めたときには、先生(池田勇太)が待ってくれているのか気になり、探してしまいました」

 クラブや技術に関して自分よりも詳しいことから、9歳年下の池田勇太を師と仰いでいる。先生の前で見事なウィニングパットを沈めて見せた。年上の弟子のもとへ駆け寄った池田が祝福の言葉をかけると、一瞬目頭を押さえた。

「一瞬やばかったですけど、泣いてないですよ。でもすごく嬉しかったです」

 普段の練習ラウンドやオフの合宿もともにして、言葉は荒っぽいが“勉強”させてもらっている先生に恩返しもできた。

 小田の誕生日は12月12日。優子夫人は12月6日生まれ。初シードを獲得した2004年以前は、二人の誕生日がファイナルQT(最終予選会)の時期と重なり、ゆっくりお祝いできなかった。今年賞金シードを逃せばQTに回るピンチだったが、「Q(T)とJ(T)は大違いですね(笑)」、と胸を張ってゴルフ日本シリーズJT杯の資格を手にした。

文・小高拓

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