林彪氏や江沢民氏ら権力者への謀略劇は「中国政治のお家芸」

NEWSポストセブン / 2012年5月8日 7時0分

 一時は権力の絶頂にいた人物がすべてをはぎ取られ、命をも危険にさらされるという謀略劇は中国政治のお家芸だ。今回(重慶事件)のような事件は歴史的に何度も繰り返されてきた。

 文化大革命の時代、毛沢東主席に次ぐナンバー2として後継者に指名された林彪副主席の例がもっとも有名だ。毛主席から裏切りを疑われ、「極右」と批判されるなど失脚の危機に直面した。

 これは林副主席の“反逆的行動”を誘い出そうとする毛主席の謀略だったとされる。病弱で神経質な林氏は自身が殺されるかも知れないと不安を抱き、息子らにクーデターを実行させたが失敗。林氏は妻や息子、腹心の部下ら総勢9人で逃走し、ソ連に向かった。しかし途中で飛行機が墜落し、全員が死亡したのである。墜落原因はいまだ不明だが、中国軍が撃墜もしくは爆殺したとの疑惑が根強い。

 毛沢東氏の妻・江青氏も謀略の罠にはめられた。文革中には権力の頂点にいた江青氏ら四人組(※)だが、1976年9月、毛主席が逝去すると、1か月も経たないうちに四人組は逮捕される。その後、毛主席や四人組に迫害され失脚した鄧小平氏が復活。そのもとで四人組裁判が行なわれたが、江青氏らの極刑は最初から決まっていた。判決は執行猶予付き死刑。無念のためか、江青氏は獄中で首を吊って命を絶った。

 謀略の政治史は、その後も脈々と続く。中国共産党総書記を務めた趙紫陽氏の死に様も哀れだった。1989年の天安門事件で民主化学生を支持したとの理由で総書記を更迭され、すべての役職を解任された。犯罪ではないので裁判沙汰にはならなかったが、24時間365日の厳重監視体制による自宅軟禁が一生続き、行動の自由は完全に奪われ、2005年1月、85歳で衰弱死した。

 趙氏の後任として総書記に就任した江沢民主席も謀略好きだ。上海が政治基盤の江氏に敵対した陳希同・北京市党委書記を失脚に追い込むために、陳氏の腹心である王宝森・副市長を汚職で拘束し、拳銃自殺に追い込む。

 さらに、江氏は陳氏にも「監督責任あり」と難癖をつけて職務を解任。さらに汚職で逮捕し、党籍を剥奪。裁判では懲役16年の実刑判決が下された。陳氏はがんの治療で2006年7月保釈され、いまも入院しているとされる。

 逆に江氏が謀略にはめられたのが06年9月の陳良宇事件だ。仕掛けたのは胡錦濤主席だ。上海閥のホープ的存在だった陳良宇上海市党委書記が汚職の容疑で身柄を拘束され、2008年4月、裁判で懲役18年の実刑判決を受けた。汚職事件というが、主な容疑は上海市の公的事業に社会保険基金を流用するというもの。中国ではどこの地方自治体も多かれ少なかれ流用しており、胡主席が難癖をつけて逮捕容疑に仕立て上げた謀略の性格が強い。

 中国では共産党が司法、立法、行政の三権の上位に位置することから、裁判とは名ばかりで、始まる前から判決が決まっている「人民裁判」といえる。中国では権力を握っていれば、法律だろうが、裁判だろうがすべてが意のままだ。まさに北朝鮮顔負けの独裁体制なのだ。

※四人組/文化大革命を主導した江青、張春橋、姚文元、王洪文のこと。反対派を徹底的に弾圧し殺害したが、毛沢東の死後に失脚。特別法廷で死刑や終身刑などの判決を受けた。

文/相馬勝(ジャーナリスト)

※週刊ポスト2012年5月18日号



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