作家・桜木紫乃氏「自分が薄情なことに傷ついてる人も多い」

NEWSポストセブン / 2012年5月10日 7時0分

 昨年『ラブレス』で直木賞、大藪春彦賞、吉川英治文学新人賞候補となるなど、目下注目の作家・桜木紫乃氏は、1965年、釧路市生まれ。2002年に「雪虫」でデビューし、作品数はまだそう多くないが、最新短編集『起終点駅』には人生のほろ苦さを舐めつくしたような明るい諦観すら漂い、背筋のすっと伸びた小気味よさ、潔さを感じさせる。キーワードはそう、風だ。桜木氏は語る。

「気象情報が、やけに多いですよね(笑い)。北海道は広いので、海の色や風の匂いがその土地土地で全部違い、こんな風が吹く土地にこんな男や女が生き、そして死にましたと、私はこの10年、ほとんど同じことばかり書いてきた気もする。特に短編は嘘を短く書く分、自分の願望がだだ漏れといいますか、実際は猫背もいいところなのにお恥ずかしい限りです(笑い)」

 生という起点も死という終着点もあるがままに受け止める、これぞ桜木作品の真骨頂ともいうべき贅沢で味わい深い計6編である。

〈後に笑えない涙は流すまい〉と第5話「たたかいにやぶれて咲けよ」の主人公〈山岸里和〉がある女性歌人の死に誓うように、つらいことや悲しいこと、自分も含めた人間の醜さや〈捨て去ることのできない卑しさ〉を目の当たりにすることもあるが、それもこれも生きていてこそと、敢えて笑い飛ばすような女や男を本書は描く。例えば表題作の〈鷲田完治〉である。

 判事を35歳で辞め、妻子とも別れた老弁護士がここ釧路に流れ着いて30年。今は国選弁護だけを請け負い、法律事務所とは名ばかりのみすぼらしい平屋に住む。

 きっかけは昔の恋人との再会だった。かつて司法試験を志す鷲田を支え、合格後は自ら身を引くように姿を消した〈冴子〉と彼は、覚醒剤所持の被告人と判事として再び出会うのである。

〈妻、子供、仕事、生活〉〈詰め放題の袋の中には、自分のあさましさに気づかなくてもいい日々があった〉〈店の二階にある部屋で彼女を抱いた。黒々とした深い穴に落ちてゆくような快楽のなかで、妙に安堵していた〉〈詰め放題の袋が、破れた〉

 しかし何もかもを捨てて冴子と生きようとした鷲田の前から、彼女はまたしても消えた。かつて彼女を追わなかった彼が〈一生頭が上がらない女に感じた、一抹の鬱陶しさ〉を見透かすような、永遠の別れだった。

〈同じ女を心の中で二度捨てた〉〈心が動かないことにも、人は傷つくことができる〉――近しいはずの者を失っても何も感じないことに傷つく者もいる。そこまで深い傷を、桜木氏は描いてしまう作家なのである。

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