伝説の漫画雑誌ガロ プロ並みの投稿作品は全てボツだった

NEWSポストセブン / 2012年5月11日 7時0分

 松田哲夫氏は1947年生まれ。編集者(元筑摩書房専務取締役)。書評家。浅田彰『逃走論』、赤瀬川源平『老人力』などの話題作を編集。1996年にTBS系テレビ『王様のブランチ』本コーナーのコメンテーターになり12年半務めた松田氏が、かつて下働きをしていた『ガロ』の長井勝一氏の想い出を語っている。

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 長井さんは編集者らしくない人で、通常、雑誌作りでは大事だとされる事柄について一切無頓着だった。すなわち、目玉になる強力連載、読者層の設定、誌面のバラエティ、デザインやレイアウトなど、ほとんど念頭になかった。

 その一方で、長井さんの「ガロ」編集方針は、きわめて明快かつシンプルだった。第一に、白土三平さんの「カムイ伝」を掲載すること。第二には、長井さんがいいと思った作品(とりわけ新人作品)を掲載すること。この二つだけと言っても過言ではないだろう。

 基本の骨格さえがっちりしていれば、細部はなりゆきでいいという大らかな考え方だったとも言える。その結果、「ガロ」は、良くも悪くも、きわめて自由でアナーキーな雑誌となり、その性格は、「カムイ伝」休載でより鮮明になった。嵐山光三郎さん、糸井重里さん、荒木経惟さんなど漫画以外の連載も自然になじんでいった。

「カムイ伝」がなくなっても、長井さんのもう一つの骨格「いい漫画を掲載したい」は健在だった。新人発掘や漫画表現の可能性を広げることに、大きな貢献を果たした。例えば、投稿作品の中には、プロ並みの作品も多い。

 でも、長井さんはそういう作品には興味を示さなかった。選ぶのは、林静一さんや佐々木マキさんのように、それまでの漫画とはまったく違う、個性的な作品ばかりだった。

 なかには、「どうして、こんな下手くそな漫画を」と思うようなものでも、長井さんは平気で掲載する。こういう作家の場合、二作、三作と見ていくうちに、言うに言われぬおもしろさが滲み出てくることも多かった。

 もちろん、いくら読んでもおもしろいと思えない作家もいる。長井さんに、「どこがいいんですか?」と尋ねてみた。すると、「いやあ、一生懸命描いてくるんで、かわいそうでね」。情にもろい人でもあった。

 少し時を遡るが、一九六七年ごろ、大手出版社が「ガロ」買収を打診したことがあった。長井さんは、「欲しいのはビッグネームだけ。新人が切り捨てられる」と断った。もし買収に応じていたら、その後、「ガロ」を出発点に活躍した滝田ゆうさん、たむらしげるさん、杉浦日向子さん、蛭子能収さん、みうらじゅんさんなどは別の人生を歩んだかもしれない。

※週刊ポスト2012年5月18日号



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