イスラムテロ犯 W杯日韓大会で日本でのテロを計画していた

NEWSポストセブン / 2012年7月9日 7時0分

 警視庁公安部が国際テロ専門の外事3課を設置してから10年となる。新設理由は、2001年9月11日の米国同時多発テロ以降、日本も国際テロ組織の標的の例外ではなくなったからだ。映画「外事警察」のモデルともなった外事3課はこの10年間、実際にどのような捜査を担ってきたのか。産経新聞記者の大島真生氏が解説する。

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 当初70人規模で発足した外事3課だったが、人員を一気に3桁に引き上げた人物がいる。アルジェリア系フランス国籍のリオネル・デュモン――アルカーイダ系のテロ組織「ルーベ団」幹部である。

 1995年、フランス人の仲間と「ルーベ団」を結成したデュモンは、現金輸送車などの襲撃を繰り返し、市民らを死傷させた。1996年にはフランスのリヨン・サミット前の雇用関係閣僚会議に合わせて爆弾テロ未遂事件を起こし、その後、ボスニアに潜入、1997年3月に警察官を殺害した容疑で逮捕され、懲役20年の判決を受けていた。しかし、1999年5月、ボスニア最大の都市サラエボの刑務所から脱獄に成功し、2003年12月にドイツ・ミュンヘンで逮捕された。

 脱獄から再逮捕までの4年余り、デュモンは不気味な沈黙を続けていたが、そのうち、9か月間以上に亘って日本に潜伏していたのである。

 逮捕後、判明したデュモンの約300日間に及ぶ国内潜伏の足取りを見てみよう。

 捜査開始当初、最初に入国が確認されたのは2002年7月17日、シンガポールから偽造旅券で成田空港に到着。その後、3か月間の短期滞在ビザが切れる直前の10月5日、マレーシア・クアラルンプールに向けて出国。同月中にクアラルンプールから再来日すると、約2か月後の同年12月、ドイツ・フランクフルトに出国している。

 翌年3月に3度目の来日、5月28日にクアラルンプールに向かった。そして同年7月から約2か月間、日本に滞在し、同年9月に再びクアラルンプールへ出国、その後、ドイツに渡っている。いずれも短期滞在ビザの期限内に出国していた。

 国内潜伏中は、新潟市内のマンションで生活しながら、新潟東港近くの中古車販売業者に出入りし、海外に輸出する中古車を運ぶ仕事をしていた。一時は群馬県高崎市にも居住。中古車販売に関連して、長野県や埼玉県にも足を運んでいたほか、群馬県伊勢崎市内のイスラム系寺院(モスク)にも顔を出していたことが確認されている。

 これらの事実が判明したのは、彼がミュンヘンで逮捕された後の2004年5月。日本滞在中は、公安警察はまったく把握できていなかった。

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