沢田研二の故・伊藤エミさんへの離婚慰謝料は18億円だった

NEWSポストセブン / 2012年7月5日 16時0分

 6月15日、沢田研二(64才)の元妻で、ザ・ピーナッツとして活躍していた伊藤エミ(本名・沢田日出代)さんが、末期がんのために71才で亡くなった。

 今年3月、腰の痛みを訴えていたエミさんが病院に行ったところ、すでに末期のがんだったという。それから3か月後、彼女は帰らぬ人となった。葬儀は家族やわずかな親類のみの密葬で、しめやかに営まれた。

 その死は、周囲にほとんど知らされなかった。それは芸能界引退後、一般人として静かに過ごしてきたエミさんの小さな願いだったという。

 エミさんは1959年、一卵性双生児の妹・ユミさん(本名・伊藤月子、71才)とザ・ピーナッツとしてデビュー。息の合ったハーモニーで『恋のフーガ』『恋のバカンス』など数々のヒット曲を飛ばし、国民的スターとなった。だが、人気絶頂の1975年4月、突然の引退。エミさんが、かねてから交際していた7才年下の沢田との結婚がその理由だった。

 1979年3月には、長男(33才)が誕生したが、その幸せな家庭生活は長くは続かなかった。1983年6月、沢田と、前年に公開された映画『男はつらいよ』で共演した田中裕子(57才)との不倫が発覚する。

 沢田は田中のマンションに足繁く通うようになり、やがて家に帰らない日々が続く。そんななか、田中が、エミさんに“宣戦布告”するかのように「必ず彼と一緒になる」と宣言。一方の沢田も不倫を認めるような発言を公の場で繰り返した。

 結局、ふたりは1987年1月に離婚する。当時、夫婦と親交の深かった故・ハナ肇さん(享年63)は、女性セブンの取材に対して、エミさんの気持ちをこう代弁している。

「ヒデ(エミさん、本名・日出代)はジュリーを愛するがゆえに、離婚届に判を押したと思う。愛する人の望むようにしてやるのが本当の愛情なんだというきれいな気持ちで決心したんだと思う」

 長男の親権はエミさんが持ち、慰謝料は自宅やテニスコート、伊豆の別荘などの資産を含めて当時、日本芸能界史上最高額の18億円にのぼったといわれている。

※女性セブン2012年7月19日号



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