柔道五輪代表・福見友子 中学時代は3軒の道場をはしごした

NEWSポストセブン / 2012年7月27日 16時1分

 いよいよ始まるロンドン五輪。金メダル獲得の期待がかかる女子柔道で、先陣を切るのが48kg級の福見友子選手(27才)だ。

 福見は1985年6月26日、銀行員の父・茂さんと早苗さん(56才)の次女として茨城県土浦市に生まれた。6才上の兄、3才上の姉がいる。しかし、1988年6月、福見が3才の誕生日を迎える直前、父・茂さんが交通事故で亡くなってしまう。37才の早過ぎる死だった。

 母・早苗さんは高校時代、ハンドボール部に所属し、インターハイに出場した経験を持つ。それゆえ自分の子供たちが、インターハイに出場する姿を夢に描いていた。競技は何でもよかったが、福見は同じ年代の子供たちと比べても背が低く体の線が細い。新聞のスポーツ欄で柔道の道場を探し出し、福見を入門させた。

「保育園である程度スポーツ万能であることはわかっていました。チビでヤセな友でも、体重によって階級が分かれる柔道なら活躍できるんじゃないかと思ったんです」

 柔道の道場といえば、いまも昔も男社会だ。練習に参加するのは男子が中心で、指導者は男性がほとんど、応援に来るのも父親が圧倒的だった。そんな道場で、福見が寂しい表情を見せる瞬間があった。

「まだ小学校に上がったばかりのころのことですが、父性に触れる機会がないために、道場や試合場ではお父さんがたをジッと見つめていたんです。自宅では私に父親がいない寂しさを訴えることはありませんでしたけど、男性に囲まれるとどうしても感傷的になってしまうのでしょう。

 私は『お父さんは友のすぐ近くにいて、一緒に柔道を戦ってくれるんだから、いちばんすごいのよ』と伝えました。するとポーッと頬を赤らめながら『うん』と嬉しそうに頷いて、相手に挑んでいくんです」

 母の勧めで始めた柔道だが、福見は「柔道をやめたい」とは一度もいったことがなかった。練習の日は早苗さんが車で福見を道場まで送っていた。福見が小学生のころ、どうしても仕事が長引いて帰宅が5分ほど遅れたことがある。すると、福見は柔道着に着替えて玄関先で待っていた。

「私が友に謝るとこういうんです。『お母さん、私は柔道が大好きなの。だから練習がある日は遅れずに帰ってきて』って」

 福見は中学生になると3軒の道場をはしごするほど柔道に没頭し、中学1年生で48kg級の県内大会決勝に進出。絞め落とされて一本負けを喫したが、直後の行動が周囲を驚かせた。意識を取り戻した福見は、敗戦を理解できず、立ち上がると再び闘争本能をむき出しにして相手に向かっていったのだ。

 根っからの負けず嫌いなのだろう。そんな福見に対し、母は「全中(全国中学校体育大会)を見に行こう」と誘う。ふたりで夜行列車に乗り、開催地の秋田に向かう。会場で48kg級決勝を見届けたあと、福見が口にした一言が早苗さんは忘れられない。

「お母さん、なんで私はここ(観客席)にいるんだろう? どうして畳で試合をしていないのかな。来年は絶対に出場するからね」

 実際、その翌年に福見は全中に出場。準優勝し、中学3年生時にはついに日本一となる。

「優勝後に、友が『お母さんと二人三脚でやってきた』と報道陣に話したようなんです。普段はそんなことをいわない子なので…嬉しかった」(早苗さん)

※女性セブン2012年8月9日号



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