【角居調教師連載最終回】調教のキモは競走馬と人間の関係性

NEWSポストセブン / 2019年3月31日 7時0分

角居勝彦調教師の連載は最終回

 ファンファーレが鳴り、さあレースというときに、ゲートインを嫌がる馬がいる。問題があってあらかじめ先に入れるケースもあるが、ある日突然拒絶する馬もいる。彼は走ることが嫌なのだろうか? 『週刊ポスト』での角居勝彦調教師による連載「競馬はもっともっと面白い 感性の法則」より、お届けする(最終回)。

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 いえ、馬は走ることは大好き。走ることで気持ちを安定させる動物です。ではなぜ? 緊張感の中でムチをふるわれることが嫌。つまりレースを嫌がっているのです。こういう馬は、ゲートが開いてからも、鞍上の指示にも従えない。自分の主張が通ると駄々をこねている。我慢が利かなければ競馬には勝てません。

 そんな光景は、残念ながらファンにとっては投票の締め切り後ですね。しかし投票以前にも、それと同等の情報は必ず発信されています。ダメな馬も、そして勝てる馬も。ゲート入りの例は分かりやすいけれども、分かりにくい情報も数多い。

 見逃せない情報とは? その情報にどういう意味があるのか? どう見極めるのか? そういった「分かりにくいこと」を、調教師の立場から解説したのが本欄でした。

 ファンは勝つ馬を推理する。それが競馬の楽しさなのでしょう。どの馬が勝つのか、そう簡単には分からない。推理が難しければ難しいほど、的中したときの喜びはひとしおですよね。調教師としては一分の隙もなく馬を仕上げてレースに臨みたい。そんな馬が18頭揃うと素晴らしい。ダメな馬など一頭もいない。しかしファンからすれば予想は難解極まりないですね。結果として、競馬を分かりにくくするのが調教師の仕事なのかもしれません。

 競走馬の調教も、分からないからこそ面白い。分かりやすいこと、目に見えることは、若手の調教師にでも真似できる。それをやるだけでは一頭地を抜くことはできません。

 2001年の開業当初からの実感でしたが、年月が流れ、勝ち鞍を重ねるにつれて私の情況も心境も変わり、「分からなさ」も進化した。勝てば勝つほど、より深い疑問が生まれてきます。

 2016年のそんな折、本欄に原稿を書き始めることで、分からなさを自分なりに整理することができました。熱心なファンの複雑な問いに答えることは、レースで人気に応えるのと同じくらい難しいことでした。しかしその難しさこそが面白いものでした。

 馬と人間の関係性が面白い。

 われわれ人間が馬を見るように、馬も人を見ます。厩務員のいうことを聞かずに駄々をこねる馬も、調教師には従順になる。厩務員に指示を出すボスだな、と認識しているのでしょう。こちらをリスペクトしているわけですが、それで終わりにしてはいけない。同時に人間も馬をリスペクトしなければいけません。馬の体重は人間の約10倍。自分が人を脅かせることを知っている。種馬クラスの馬になれば、気持ちの上で人間よりも優位に立ちます。「ここで膝を曲げれば、落馬するぞ」とか、「後ろにひっくり返れば、鞍上は潰れるな」とか。危険なことになる前に、良い関係を作っていく。それが馬の調教のキモなのだと、改めて思います。

 私の「分からなさ」の掘り下げが、競馬ファンのみなさまの楽しみの一助になれば、と願っております。

●すみい・かつひこ/1964年石川県生まれ。2000年に調教師免許取得、2001年に開業。以後18年で中央GI勝利数24は歴代3位、現役では2位。2017年には13週連続勝利の日本記録を達成した。ヴィクトワールピサでドバイワールドカップを勝つなど海外でも活躍。引退馬のセカンドキャリア支援、障害者乗馬などにも尽力している。引退した管理馬はほかにカネヒキリ、ウオッカなど。『競馬感性の法則』(小学館)が好評発売中。2021年2月で引退することを発表している。

*本連載は、今回が最終回となります。長い間、ご愛読、ありがとうございました。

※週刊ポスト2019年4月5日号

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