吉田拓郎、今度はのどにがん 闘病支えた妻・森下愛子

NEWSポストセブン / 2019年3月28日 7時0分

涙ながらに闘病生活を告白した吉田拓郎(時事通信フォト)

 日曜の深夜11時半からの1時間は吉田拓郎(72才)のファンにとって“聖域”だ。ニッポン放送『吉田拓郎 ラジオでナイト』(日曜午後11時30分~深夜0時30分)は現在、吉田の肉声が聴ける唯一のラジオ番組として、ファンの間で根強い人気を誇っている。

 3月24日の深夜も吉田はハツラツとした声で、7月に開催されるニッポン放送の開局65周年イベントで、約2年ぶりのコンサートを開くことを表明し、ファンを喜ばせた。だが、放送の後半になるとその明るい声は急に改まった重い口調に変わる。

《話したいのは、ぼくがいろいろな病と闘ってきたことについてなんです…》

 それはあまりにも唐突な「がん闘病」の告白だった。

《これは初めてお話ししますが、2014年にぼくののどの声帯に白板症という異物が発見されたんです。(中略)その異物を取って調べたところ、がんがまた発見され、Wパンチを受けてしまいました》

《のどに放射線を当てる放射線治療が2か月間始まりました。治療が終わってから数か月間は放射線の後遺症が残りまして、大変な苦痛を味わうことになって…約半年間、苦痛の日々が続きました。ぼくはその時“もう歌えない”というふうに思いました》

 吉田は長きにわたって病と闘い続けてきた。2003年には肺がんが見つかり、肺の3分の1を切除。手術は成功したものの、歌手にとって大切な肺活量が大幅に落ちてしまった。それでも吉田はボイストレーニングなどさまざまなリハビリに励み、ツアーに復帰できるまでに回復した。

 2007年には《更年期障害、ストレス、うつ病への入り口》とブログで告白し、ツアー後半をキャンセル。2009年のツアーも慢性気管支炎で中止を余儀なくされた。その間、吉田を支え続けたのが、1986年に再々婚した森下愛子(60才)だった。

「2003年の肺がん闘病の時は、病院に泊まり込んで拓郎さんを看病し、自宅に戻ってからも、歩行訓練など過酷なリハビリを続ける拓郎さんを励まし、支え続けました。拓郎さんが原因不明の体調不良に悩まされていた時期は、ツアーに向けて頑張っている拓郎さんをサポートするため、芸能活動をセーブしました。

 実はこの頃、愛子さんのお母さんも倒れ介護施設に入っていました。彼女は夫の看病と母の介護を同時にやっていたのです」(吉田の知人)

 そして、今回初めて明かしたのどのがん闘病を支えたのも、やはり森下だ。

 冒頭のラジオ番組で、そのことを語ろうとした時、吉田は涙で声を詰まらせた。

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