小沢一郎氏が小泉政権を回顧 「公権力で政敵をやっつけた」

NEWSポストセブン / 2019年5月14日 7時0分

2005年、郵政解散を宣言した小泉氏(共同通信社)

 2001年4月、総裁選で「自民党をぶっ壊す」と宣言、旋風を巻き起こして誕生した小泉(純一郎)内閣。2005年、自民党内の造反で郵政民営化法案が否決されると、小泉氏は衆院を解散、造反議員に刺客候補を立てる劇場型の選挙戦で圧勝する。

 自民党の体質を知り尽くす小沢一郎氏が、“異形”だった小泉政権の内情をインタビューで振り返った。(聞き手/武冨薫・ジャーナリスト)

──党内の合意形成を重視する従来の自民党の政治手法は、小泉内閣からトップダウンに変わった。

小沢:権力を掌握すると、何が何でも権力を維持したいという権力欲が生まれるのはいつの時代も同じです。

 ただ、手法として、小泉さんは今までの自民党のリーダーと違った。ものすごく政治感覚はいい男だから、パフォーマンスが派手だった。うまいんですよ、党内の人心じゃなくて、大衆の心を掌握するのがね。

──小泉政権は政敵の加藤紘一、鈴木宗男、橋本派が次々に検察に標的にされたことで党内基盤が固まった(*注)。

小沢:結果として、政敵をやっつけた。公権力を自分の権力の維持のために使ったということ。今の安倍晋三君なんて権力維持のために、プライベートであれ何であれ、全部公権力を使う。小泉さんは自分のプライベートに使ったわけではないけど、敵をやっつけるためには使ったね、容赦なしに。

【*注/2002年に加藤は金庫番だった秘書の脱税事件で議員辞職。同年、鈴木は製材会社やまりんをめぐるあっせん収賄容疑で逮捕。さらに2004年に発覚した日本歯科医師連盟による迂回献金事件では、不起訴となったものの橋本龍太郎は橋本派会長辞任、同派の幹部だった村岡兼造が有罪判決を受けた】

──そうした力の使い方は自民党的か。

小沢:自民党的ではない。自民党はどちらかと言うと、和を以て貴しとなす。その中で、(ロッキード事件の時の首相で田中角栄逮捕にゴーサインを出したとされる)三木武夫という人はちょっと違いました。だからバルカン政治家なんて呼ばれたわけです。

──保守本流であれば、そういう権力の使い方はしない?

小沢:しない。田中角栄もしなかった。あれだけの勢力を持っていながら。結果的に小泉時代に自民党は変質しました。

(文中一部敬称略)

※週刊ポスト2019年5月17・24日号

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング