醜悪なTOKYOを予言した明治のフランス人【池内紀氏書評】

NEWSポストセブン / 2019年7月6日 16時0分

『明治日本散策 東京・日光』/エミール・ギメ・著

【書評】『明治日本散策 東京・日光』/エミール・ギメ・著 岡村嘉子・訳/角川ソフィア文庫/1120円+税
【評者】池内紀(ドイツ文学者・エッセイスト)

 明治の日本開国とともにドッと欧米人がやってきた。大半は「神秘の国」に憧れた二十代だった。なかには一山狙いの商人もいた。そのなかでこの本の著者は異色だった。パリのギメ東洋美術館になじんだ人もいるだろう。早くからオリエントの文化に興味を抱いていた。その上、実業で鍛えた眼をもっていた。明治九年(一八七六)来日、当時としては相当なトシの四十歳だった。そんな人物が、どのように開国ニッポンを見ただろう?

 品川、上野、浅草、日光。

「食堂や茶屋の店先には、竹竿に吊るしたたくさんの青や白の手拭が掲げられて客を誘っている」

 浅草でのことだが、いいスポットに眼をとめている。白地に藍で屋号や紋章が染めつけてある。眼が洗われるように美しく思ったにちがいない。

 古い体制がガラリと崩れて、新しい時代に突きすすんでいた。近代の夜明けにあって、なおしばらく、日本人の生活は江戸のころと、さほど変わっていなかった。大きな変動の一歩手前の、つかのまの小春日和。何百年とつづいてきた日常の永遠のたたずまい。

 様式の整った日本美を敏感に感じていたのはフランスの知識人であって、当の日本人はそのセンスを欠いていたようだ。古いものを「古い」という理由だけで惜しげもなく壊していく。「もしかしたら、日本が自分たちを見直すときが、いつの日か訪れるのではなかろうか」。はやくも新旧ごったまぜの醜悪な巨大都市TOKYOが予言されている。

 神社の鳥居を凱旋門と早トチリしたりするが、ギメはあふれるような好奇心と美的センスで、日本人の気づかないものを見てとり、よろこびとともに書きとめた。この時点ですでに絵師・河鍋暁斎を高く評価している。わざわざ住居を訪ねている。二間きり「六メートル四方」の小さな家。天才的風刺画家の「掘立小屋」を見つけ出すのに苦労した。おだやかな散策のようだが、随所にシンラツな批評がまじっている。

※週刊ポスト2019年7月12日号

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