大船渡・佐々木の起用法は是か非か 有名指導者たちが大激論

NEWSポストセブン / 2019年7月29日 11時0分

怪物の夏は”温存”で終わった(写真/共同通信社)

「令和の怪物」の高校最後の夏は、思わぬ結末となった。大船渡(岩手)の163km右腕・佐々木朗希は地方大会決勝に登板せず、チームは10点差で敗れた。この起用法は是か、非か──。

 大船渡の国保陽平監督は、異色の起用法を貫いた。7月21日の4回戦で佐々木が延長12回194球を投げ抜くと、翌日の準々決勝は完全休養させ、チームは延長の末に辛くも勝ちを拾った。中2日となった準決勝では129球を投げて完封劇を見せるも、甲子園出場がかかった花巻東との決勝には登板せず、リリーフや代打で出場する気配すら見せなかった。

 佐々木が花巻東をはじめ、県内強豪私学の誘いを蹴って地元の公立高校を選んだ理由が、「中学から一緒の仲間と甲子園を目指すため」であることは知られている。そんな“美しい青春”より、佐々木の将来を優先した格好の国保監督は「筑波大出身の32歳で、米独立リーグでプレー経験がある。登板回避の理由を『故障を防ぐこと』とコメントした」(担当記者)のだ。

 有名指導者たちは、この起用法をどうみるか。

◆壊すのが怖い

「国保監督の判断は、英断だと思います」

 そう話すのは昨夏、60年以上に及んだ高校野球の指導者人生にピリオドを打った83歳の豊田義夫氏だ。1965年に近大附属(大阪)の監督に就任し、3度のセンバツ出場に導いた。当時は「キンコーの鬼」の異名と超スパルタ指導で知られたが、50以上も年下の国保監督を「尊敬しますね」と評す。

「僕はエースと心中する野球しかできなかった。幸いなことに、酷使した教え子が大学やプロで潰れた経験はありませんが、休ませる勇気がなくて連投させていた。ただ、佐々木君が投げずに負けて、他の選手に悔いが残ったのではないか」

 一方、球児たちの「卒業後」を見てきた指導者は、少し見解が異なる。ソフトバンクなどで投手コーチを務めた杉本正氏は、1998年夏に767球(6試合)を投げて横浜高校を春夏連覇に導いた松坂大輔(現・中日)が、翌年プロ入りした時の西武の投手コーチだった。

 その杉本氏は「甲子園に行けないことより、佐々木君を壊すほうが怖いと思ったのでしょう」と国保監督を慮った上で、こう続ける。

「僕の経験でいえば、むしろ高校時代に球数を投げていた選手のほうがプロで活躍する印象があるから難しい問題です。松坂もそうだし、東尾修さん(箕島高、1968年春ベスト4)も高校時代から投げ込んできたから200勝できたと言っている。一方で権藤博さんは、プロになってからの話ですが、新人の年からの登板過多がなければもっと勝てたと話していました。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング