【江戸検合格講座・江戸の遊廓】花魁の語源は?多い客層は?

NEWSポストセブン / 2012年10月4日 7時1分

 江戸の文化や歴史、生活などに関する総合知識を問う検定試験、第7回江戸文化歴史検定(江戸検)が10月28日に行なわれる。まずは以下のプレ検定で予習に励んでいただきたい。ここでは【江戸の遊廓編】をお届する。

【問1】吉原は江戸で幕府が営業を許可していた唯一の遊廓です。吉原では格の高い遊女を「花魁」と呼んでいましたが、その語源といわれているのは、どれでしょう?

(い)妹分の遊女たちが「おいらの姉さん」と呼んでいたのが縮まった
(ろ)ベテランで年齢のいった「老いらく」の遊女だったから
(は)ポルトガル語の「女神」を表わす言葉が訛った
(に)オランダ語の「天国」を表わす言葉が訛った

【問2】遊里としても繁栄した宿場町の品川。〈品川の 客にんべんの あるとなし〉という川柳は、旅人以外にも多くの客がきていたことを表わしています。では、その客層は「侍」と誰だったでしょう?

(い)医者 (ろ)漁師 (は)大工 (に)僧侶

【問3】日本橋葺屋町にあった吉原は、明暦の大火(1657年)で焼け、浅草山谷地区へ移転して新吉原となりました。山谷堀沿いの日本堤を見返り柳で折れ、五十間道を行くと新吉原に着きます。この遊所の入り口にある門を、何といったでしょう?

(い)大門 (ろ)廓門 (は)黒門 (に)黄門

 正解は下に。





【解答】
【問1】(い)。高級遊女の通称である花魁は、妹分の女郎や禿が、「おいらの姉さん」と呼んだのが略されたものだという。

【問2】(に)。品川は江戸四宿(品川・千住・内藤新宿・板橋)のなかでもっとも大きな宿場で、食売女という遊女を置いている旅籠が多かった。にんべんのあるのが「侍」なら、ないのは「寺」で僧侶のこと。

【問3】(い)。吉原は遊女の逃亡を防ぐ「おはぐろどぶ」という堀と高い柵に囲まれており、出入り口は北側の大門1か所だけ。大門を出て、五十間道から日本堤に曲がるところに見返り柳があった。名残を惜しむ遊客が、このあたりで振り返ったことからついた名。

※週刊ポスト2012年10月12日号



【関連ニュース】

NEWSポストセブン

トピックスRSS

ランキング