山口「つけびの村」事件、噂話の数々が人々を殺したか

NEWSポストセブン / 2019年10月21日 11時0分

 こうした情報に触れ、私には“村での噂”をさらに取材したいという気持ちが湧き起こった。その後、周南市を度々訪れた。

 保見は、逮捕後に行なわれた精神鑑定を根拠に、事件当時『妄想性障害』にあったが、完全責任能力を有していたとして、死刑が言い渡されている。

「近隣住民たちが自分の噂や挑発行為、嫌がらせをしていると思い込むようになった」

 判決ではそれらはすべて妄想だと認定された。たしかに、いくら取材を重ねても“挑発行為”や“嫌がらせ”は確認できなかった。むしろ、妄想性障害を発症した保見は、村人たちに「俺の家のものを盗んだだろう」「俺は薬を飲んでいるから人を殺しても死刑にはならない」などと食ってかかるようになり、村人たちを怖がらせていたフシがある。

 ところが“噂”に関しては、保見の妄想ではなく本当に存在した。保見についてはかねて村中で“父親が泥棒だった”と言われていたようだ。

「今なら笑えるものを盗りよったらしいよ。まあ洗濯物とか、カボチャとかやね」
「米も洗濯物も盗られる。盗んで着るんじゃから、すぐわかるよ」

 噂の対象は保見だけではない。わずか12人の集落で、村人全員の噂や悪口が飛び交っていた。

「あいつも泥棒じゃった」
「役場に勤めていた時から嫌われちょった」
「原発に反対しとるくせに、電気をたくさんつけとる」
「偉そうじゃから、話さんほうがええ」

 なかでも村人たちが先の不審火の犯人と名指しする人物は、驚くことに今回の事件の被害者だった。にもかかわらず何人もの村人が、「保見が飼っていた犬や猫をその人が殺した、だから恨まれていたのだ」──次々にそう口にするのだ。

 携帯電話も通じず、近代的な娯楽といえばテレビ程度。そんな環境で、村人たちは、保見だけでなくあらゆる噂話に興じていた。

◆「噂話ばっかし、噂話ばっかし」

 集落で“盗人の息子”だと囁かれていた保見は、中学までこの地で育ち、卒業後に上京。左官として働いていたが、40代の頃、両親の面倒を見るためにUターンしてきた。その時に自力で建てた新宅には、カラオケやバーカウンターなどが作られていた。ここで保見は村おこしの意味も込めて『シルバーハウスHOMI』という便利屋をやろうとしていたのだ。

 だが、便利屋は軌道にのらず、開店休業状態に。村に馴染めず、次第に集落のもやい仕事にも参加しなくなり、回覧板を受け取ることもなくなった。両親が亡くなったあとは完全に孤立し、あらゆる噂が蔓延するなか、ネガティブな思い込みをさらに深め、事件は起こった。

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