“違い”にこだわった福田康夫氏 やはり違いわかる人物だった

NEWSポストセブン / 2012年10月18日 7時0分

「私は自分自身を客観的に見ることができるんです。あなたとは違うんです」

 首相退陣会見で記者にこう語りかけた福田康夫・元首相(76)が引退する。福田氏は、“違いのわかる男”としてその名を政界に残した。

 元首相の父・福田赳夫氏が政界を引退した後、1990年に後継者として衆院選に初当選。世襲議員として登院した時、記者団に父親に関する質問をされると、「あんな年寄りと一緒にしないでください」と、ここでも“違い”を強調した。

 そういうだけのことはあって、福田氏は世代間の“違い”に敏感だった。

 首相在任中の2008年4月1日、75歳以上に保険料を課す後期高齢者医療制度を断行した。「平成の姥捨て山」と評された制度の導入によって、日本全体の“若返り”に邁進したのだ。

 政治評論家の板垣英憲氏はこういう。

「老後に生活の不安を抱えるような、庶民感覚のある政治家にはとても無理なことだったでしょう。日本憲政史上初の親子での総理大臣という“政界のサラブレッド”であり、老後の心配など微塵もする必要のない福田氏だからこそ実現できた政策だといえます」

 父親との“違い”には最後までこだわっていた。赳夫氏は1979年の東京サミットに首相として参加できなかったことを非常に悔しがったというが、康夫氏は2008年に洞爺湖サミットをホスト国の首相として成功させる。これに満足したのか、サミットの直後、「あと2日で丸1年」というタイミングで首相の座を下りた。

「自民党の外交部会長や衆院の外務委員長を歴任するなど、福田氏は外交に関心が高かった。しかし、小泉政権では本当は外務大臣をやりたかったのに、田中真紀子氏に取られたということもあった。社会保障制度ではなく、もっと外交分野で活躍してほしかった政治家でした」(板垣氏)

 2012年9月、「若い人にバトンタッチしたい」と引退を表明。息子で議員秘書の福田達夫氏に地盤を譲るとされる。昨今、批判の多い「世襲」とどこが違うのか――国民にはわからないが、福田氏にだけはその“違い”がわかるのだろう。

※週刊ポスト2012年10月26日号



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