浩宮様は1971年の球宴を観戦し、「いいぞ長嶋」と大喜びした

NEWSポストセブン / 2020年5月29日 7時5分

松岡弘氏が1971年の球宴を振り返る

 史上初の中止が発表されたプロ野球のオールスターゲーム。過去には様々な名試合、名場面が生まれたが、「史上最高」と語り継がれるのが、江夏豊(阪神)が9者連続奪三振という大記録が達成した1971年のオールスターゲームだ。第1戦では、江夏がパ・リーグ打線をきりきり舞いにし、継投でノーヒット・ノーランをやられたパだが、翌戦から逆襲が始まる。第2戦のセの先発は、4年目で初出場した松岡弘(ヤクルト)だった。

「緊張してたんでしょう、いきなり先頭打者の有藤(通世・ロッテ)さんの背中にぶつけましたもん(笑い)。続く張本(勲・東映)さんにはセンター前に弾き返され、長池(徳二・阪急)さんにも内野安打を許してたった8球で失点、敗戦投手ですわ。

 ベンチに戻ると王(貞治・巨人)さんから“君の球は速いよ。スピードに勝る脅威はない”と言われた。そのときはジーンときたが、後々考えると策にハマったんじゃないかと思う。その後真っ向勝負でどれだけ打たれたか(笑い)」

 先発の金田留弘(東映・金田正一の実弟)から4人で継投したパの投手陣に、セはわずか2安打。長池の一発もあって4対0とパが快勝した。そして1勝1敗で迎えた3戦目。後楽園球場には超満員の3万9035人が集まった。当時、学習院初等科に通っていた浩宮さま、現在の天皇陛下もご学友とともに観戦に訪れていた。

 セの先発は、松岡の高校時代のライバルだったカミソリシュートの平松(政次・大洋)。中日の4位指名を受けながら巨人を熱望した平松は一度は社会人へ進むも巨人入りは叶わず、大洋に入った経緯がある。

「巨人で投げるのが夢だったから、ファン投票より川上(哲治)監督に監督推薦で選ばれたことのほうが嬉しかった。監督は試合前に全員を集めて“セ・リーグの代表で出ているんだから、恥ずかしい試合だけはやらないでおこう”とみんなを引き締めていました。

 ONをバックに投げられた感激は今も忘れませんよ。前年は25勝して最多勝のタイトルも取っていたし、オールスターも3度目でしたが、それでもONを前に緊張していたのか、ファーストの王さんに悪送球してしまった(笑い)」

 その平松からピッチャー強襲の先制タイムリーを放ったのが、加藤秀司(阪急)である。加藤は1戦目で、9人目の打者として江夏に9者連続奪三振記録を献上してしまったが、この日の活躍でホームランを打った張本を差し置いてMVPを手にした。

「張さんは怒ったやろね。あの頃はベンチの真ん中にノムさん(野村克也・南海)とか張さんとかが座っていた。座るなとは言われなかったが、そういう空気が漂っていた。初出場で遠慮もあったが、1戦目に代打で出されたときはなんで江夏は左ピッチャーなのに左バッターのボクが打ちにいかなアカンねんと思ったけどね」

 加藤らの活躍で3点リードのパに対し、反転攻勢に回ったセは4回、2番手の山田(久志・阪急)から長嶋が面目躍如の2ランを放つ。長嶋の勇姿に、浩宮さまの興奮する様子が当時の新聞に残っている。

〈長嶋が座席に立つたびに「がんばれ」と声援、本塁打が出た四回には「いいぞ長嶋」といって大喜び。五回を終ったところで休けいの予定を江夏登板で急きょ変更し、そのままご観戦するなど大変な熱の入れよう〉(朝日新聞1971年7月21日付)

※週刊ポスト2020年6月5日号

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