朝ドラ「純と愛」遊川氏の脚本は物語単調化のリスク孕むとの評

NEWSポストセブン / 2012年11月24日 16時0分

 鳴り物入りでスタートしたNHKの朝ドラ。全体の1/3が経過した現在まで、視聴率は好調をキープしているが、不安がないわけではないようだ。作家で五感生活研究所の山下柚実氏が指摘する。

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 遊川和彦氏が脚本を手がけて話題を集めているNHK連続テレビ小説「純と愛」。賛否両論が渦巻く中、直近の視聴率は18.4%(ビデオリサーチ 11月12日~18日)と、視聴者の関心は離れません。ヤフーみんなの感想・掲示板にも、たった2ヶ月間ですでに1万8千件近い投稿が。「朝ドラの常識を壊す」と宣言した遊川氏の思惑通り、といったところでしょう。

 ドラマの開始後に執筆したコラムの中で、私は「まずは配役成功」と書きました。さてさて開始から丸2ヶ月が過ぎ……。1/3が終わった今、ドラマの途中経過を検証してみたいと思います。

「純と愛」というドラマの特徴は、まず、「人の本性が見えてしまう」という愛に代表される、「奇妙な人物設定」にあるでしょう。不気味な印象を放つ愛の家族、ニコリとも笑わない上司、キザに徹した社長。個性的なキャラクターの輪郭がくっきり際立つ。

 脚本にあわせ、役者への演技指導、演出ぶりも徹底しています。純は腹の底から叫ぶ。鬼母は躊躇なく力込めて頬をはたく。キザ社長は色気たっぷりにウインクする。完全なカリカチュア。実にお芝居的。演劇的に仕上げられているテレビドラマと言ってもいいでしょう。

 日常ではあり得ない極端な人物造形。それは、フィクションの世界を作るためのガソリンであり、エンジンです。 ありえないような虚構世界の中で、しかし、ふとしたセリフがリアルに伝わってくるのが芝居というものの面白さ。ということで、過剰な脚本と演出は、ここまでは成功している、と言える。

 そうした仕掛けの向こうに、「人が人を愛するということ」「夢を抱き続けながら生きること」という、素朴で普遍的なテーマが横たわっています。そのあたりの骨格づくりも、ニクいほど成功しています。

 ただし、2ヶ月が経過して、難点も見えてきました。ざっくり、2つあげておきます。

 1つは、愛に「何でもかんでもすべての解答を知っている」という、スーパーマン的な役回りを与えていること。

 どんな相手でも、愛がいったんその顔さえ見れば潜んでいる難問も解き方もすべてがわかってしまう設定。いつまでもこの設定で押し通すのは、危険です。これから4ヶ月も続く物語を、単調にしてしまいかねないリスクです。ことが起こり愛が答を出す、という「パターン」の繰り返しが、そのうち視聴者に飽きられてはしまわないでしょうか?

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