山尾志桜里氏の「緊急事態宣言批判」が間違っていない理由

NEWSポストセブン / 2020年6月1日 16時5分

ドイツの政治学者カール・シュミット(写真/AFLO)

 新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため緊急事態宣言が出されたことにより、主権や基本的人権のあり方について言及されることも増えた。評論家の呉智英氏が、主権、基本的人権、戒厳令について改めて考察する。

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 最近、ドイツの政治学者カール・シュミットの有名な言葉を目にすることが多い。『政治神学』(未來社)の冒頭の一節だ。「主権者とは、例外状況にかんして決定をくだす者をいう」

 例外状況とは秩序の例外状況という意味であり、戦争、内乱、天変地異のことだ。こうした状況では、議会主義も法治主義も無力・無意味になり、むき出しの統治権力のみが有効になる。こういう事態を議会主義や法治主義の側がぎりぎりの際で想定したものが軍事法規や戒厳令である。

 シュミットへの言及が最近多いのは、コロナ禍対策として緊急事態宣言が発出されたからだ。これは広義の戒厳令の一種、あるいは戒厳令の隣接分野である。

 シュミットの政治思想は、このようにリアルと言えばリアル、危険と言えば危険な思想である。現にシュミットはナチスに利用され、戦後四半世紀ほど強く忌避されていた。未來社からシュミットの著作が何冊も刊行されたのはようやく一九七〇年前後のことである。私もその頃、同シリーズの訳者の一人、政治思想史家橋川文三を経由してシュミットを知った。

 シュミットが戦後期どれほど忌避されていたかは、民族学者(文化人類学者)石田英一郎が「『歴史のあけぼの』について」(石田英一郎全集第八巻)で語るエピソードによく現れている。マルクス主義系の歴史学者松島栄一は、石田がある座談会で民族学者ウィルヘルム・シュミットを引用したことを「ナチス民族主義」に加担していると非難した。カール・シュミットと間違えているのだ。シュミット姓というだけでナチス扱いされかねない時代であった。

 シュミットは思想のみならず当人も忘れられていった。亡くなったのは一九八五年四月七日。当年九十七歳。まだ生きていたのかと驚かされた。老人施設で人に知られず、独り亡くなったらしい。

 朝日新聞が訃報を載せたのは、二ケ月たった六月四日。その半月後の六月二十日に訂正記事が出た。「死亡記事」の「カール・シュミット氏の写真は別人のものでした。訂正します」。顔も忘れられていたのだ。ウィルヘルム・シュミットの写真だったりして。

 歴史を翻弄し歴史に翻弄されたカール・シュミットだが、我々はそのリアルな政治観から学んでおかなければならない。

 今回の緊急事態宣言は遅きに失した感がある。もう少し迅速なら罹患者・死亡者はさらに少数だったろう。一方、宣言の根拠となる改正特措法に反対した山尾志桜里衆院議員の「緊急事態宣言は基本的人権の制限効果をもたらす」という批判も間違ってはいない。事実、緊急事態宣言によって軽度なものであれ人権制限は生じた。

 秩序を護り人命を護るために人権が制限されなければならないことが「例外状況」には起きる。そのことを我々は忘れていたか、気づかなかったのである。戒厳令(戒厳状態にする法令の意)に関する議論も進めておく必要があるだろう。

●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会理事。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。

※週刊ポスト2020年6月12・19日号

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