「日本と唐様で書く三代目」豊臣統一と安倍晋三が日本を滅ぼす

NEWSポストセブン / 2020年7月11日 7時5分

 安倍政治のファンは増えた。「美しい日本」といった独特の「愛国思想」に分厚い支持層がいることは事実だ。とくに世界で中国が存在感を増すと、地政学的に中国と近い日本では「中国脅威論」が根付き始めたことなどにより、社会全体が右傾化してきた。そこに安倍首相の掲げる保守概念がうまくハマった構図と言えよう。

 安倍の身体に流れる「血筋」の良さが、「美しい日本」「強い日本」を求める保守層にはたまらない存在に映るのだろう。長期政権をささえる5つ目の理由として「血筋」が入るのかもしれない。

 祖父は「昭和の妖怪」こと岸信介。その長女、洋子が安倍晋太郎(元外相)に嫁ぎ、3人の男子を産んだ。次男が晋三である。安倍首相は祖父の岸を尊敬していると言われる。

 岸は戦前の商工省(現・経済産業省)で「革新官僚」として台頭した。1935年、同省工務局長として、軍事物資として重要な自動車の製造から外資を締め出す「自動車製造事業法」を制定。その翌年には、満州に移り、同国総務庁次長に就いた。

 関東軍は、満鉄(南満州鉄道)線路を爆破する謀略工作で戦端を開き(満州事変)、1932年に清朝の皇帝・溥儀を迎え入れて満州国を建国していた。その満州を支配したのは、岸信介に加え、満鉄総裁の松岡洋右、関東軍参謀長の東條英機、同国総務長官の星野直樹、日産自動車の創業者で持ち株会社を満州に移転させた鮎川義介の5人だと言われる。

 彼らは、その名前をとって満州の「2キ3スケ」と呼ばれた。敗戦により、この5人は全員戦犯として逮捕されるものの、岸は復活して首相の座を射止め、強固な日米安全保障体制を築いた。岸の盟友だった鮎川義介は復活して岸内閣では経済最高顧問に就いた。鮎川も長州出身で、大叔父は明治新政府で大蔵卿を務めた井上馨。長州つながりが岸と鮎川を結び付けた。

 岸は自動車産業、とくに日産との関係が深かったわけだが、それが孫の安倍晋三の代に因縁のごとく巡り巡ってくる。2018年11月19日に逮捕された日産会長(当時)のカルロス・ゴーン事件の構造は、日産とルノーとの経営統合を目論む外国人経営者を排除した国家と日産が結託した一種の「クーデター」のようにも見えた。歴史は繰り返すのかもしれない。

◆安倍晋三とそっくり

 満州に拠点を築いた長州人、鮎川義介の妻の美代と、トヨタ自動車の創業者である豊田喜一郎の妻、二十子はいとこ同士だったことは、世間ではほとんど知られていない。二十子の父は百貨店、高島屋の社長、飯田新七。美代の父は、新七の弟で高島屋専務の藤二郎だった。喜一郎の直系三代目に当たるのが、現社長の豊田章男である。

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