小池知事の父の夢支えた浜渦元副知事「百合ちゃん幸せか?」

NEWSポストセブン / 2020年7月12日 7時5分

小池知事の父の夢支えた浜渦元副知事

 小池百合子氏(67才)が東京都知事に再選された。そのルーツは“政治好き”だった父の勇二郎氏を抜きには語れない。石油関係の事業を営んでいた1922年生まれの勇二郎氏は、石原慎太郎氏が1968年の参院選全国区で出馬すると、関西地区の責任者となってトップ当選させ、自分も1969年の総選挙に旧兵庫2区から立候補する。しかし結果は惨敗した。小池氏が甲南女子高校2年のときだ。このとき、勇二郎氏の選挙を手伝ったのが、後に自民党から選挙に出て防災担当相となる鴻池祥肇氏と、石原氏の秘書から副知事を務める浜渦武生氏だった。

 小池父娘の貴重な実像を知る浜渦氏だが、築地移転問題をめぐって小池氏に厳しい追及を受けたこともある。これまで沈黙を貫いてきたキーパーソンが、ついに重い口を開き、小池都知事について話し始めた。

●聞き手/藤本順一(政治ジャーナリスト)

──今回の圧勝をどう見ますか。

浜渦:入れる対象が彼女しかいないのだから、勝って当然でしょう、自粛選挙なのに、コロナ対策で彼女だけ毎日テレビに出続けられる。政務と言いながら実際には選挙活動ができるわけですから。ただし、彼女の都政でいったい何が変わったのか。築地の移転問題にしても、煽って煽った結果、何も変わらなかったじゃないですか。

──彼女との関係は50年以上前に遡る。

浜渦:彼女はかつて、私が「家に居候をしていた」と言っていましたが、それは嘘。私は関西大学の学生だった頃、「日本の新しい世代の会」という石原さんの政治団体で学生部のリーダーをしていた。

 関西担当の専務理事をしていたのが父親の勇二郎さんで、1969年に旧兵庫2区から衆院選に出るというので、石原さんから「彼には何もないみたいだから、君が学生を集めて手伝ってくれよ」と言われたんです。選挙事務所すらないので、その団体の尼崎支部長だった鴻池祥肇さんの事務所を使うことになり、私はそこで寝泊まりするようになった。プレハブがあって、私が集めた学生たちもそこに詰めていました。

 あの頃の勇二郎さんは中曽根康弘さんに心酔していて、息子の勇くんに一時期「康弘」と名乗らせていたほど。それなのに選挙になって中曽根さんに支援を頼んでも全く相手にもされず、頼れるのは石原さんの人気だけでした。私が車上運動員、いわゆるカラスをやっていると、勇二郎さんはこう言えと。「石原慎太郎! 石原裕次郎! 小池勇二郎!」って(笑い)。

この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング