「ロフト」事件簿 異臭ライブでスタッフ全員「やめます」

NEWSポストセブン / 2020年9月21日 7時5分

80年代初頭、新宿駅西口、小滝橋通りにあった新宿ロフト前で入場を待つファンたち

 新型コロナウイルス感染拡大のなかで、“3密の元凶”としてバッシングを受けたのがライブハウス。“日本のロック”誕生の立役者である、老舗ライブハウス「ロフト」も窮地に追いやられた。

 今年3月、「LOFT HEAVEN」(東京・渋谷)でコロナ感染者発生の報を聞いた「ロフト」創業者・平野悠さん(76才)は「まさか、うちで……!?」と呆然としたという。緊急事態宣言は発令前だったものの、入場観客数を半分にし、消毒などの予防措置を取った上でライブを開催していた。しかし、出演者はじめ、観客、スタッフが新型コロナウイルスに感染していたのだ。

 全国で12店舗を展開するなど、ライブハウスシーンの中心にあるロフト。来年開業50周年を迎えるタイミングでのコロナ禍である。

「来年の50周年に向かって絶好調だったのに、今回のコロナで木っ端みじんですよ。僕の頭もぶっ飛んだよね」(平野さん)

 現在、ロフトは観客数を減らして感染対策をしながら、営業中。オンライン配信を中心に存続の道を模索中だ。

「客席とステージの丁々発止、“何かが起こる”予感が快感であって、その空間にいた人だけが共有できる特別な瞬間がある。それがライブハウスの醍醐味であり、音楽の力なんです」

 平野さんがそう語るように、ロフトの長い歴史の中には、多くの”事件”も起きている。そこで、ロフトの歴史とカオスな事件簿をまとめた。

◆1971年 ジャズ喫茶・烏山ロフト開店

 レコード枚数の少なさに呆れた客が自分のレコードを持ち寄るうちに、あらゆるジャンルの音楽が流れる空間となった。常連に、東京藝術大学の大学院生だった坂本龍一がおり(近所に住んでいた)、水割り1杯と引き換えに、女子大生のレポートを代筆していたという逸話が残る。

◆1973年 西荻窪ロフト開店

 生ライブのできる店を目指し、西荻窪ロフト開店。楽屋もなくトイレも観客と共用だったが、当時演奏する場のなかった多くのミュージシャンは喜んで出演した。オープニングの10日間ライブには山下洋輔トリオ、頭脳警察、鈴木慶一、桑名正博、南佳孝、なぎら健壱など錚々たる顔ぶれが登場。山下洋輔の演奏中、隣の魚屋の主人が出刃包丁をもって「うるさい!」と殴り込んできたことも。

◆1974年 荻窪ロフト開店

 第1次ライブハウスブームの幕開け。大手レコード会社に与せず、自分の好きな音楽を発信するティン・パン・アレー(細野晴臣、松任谷正隆、林立夫らを中心とした音楽ユニット)と、大滝詠一、シュガー・ベイブ時代の山下達郎や大貫妙子、荒井由実などが出演していた。

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