帝王学は勉強しない菅氏 ビジョンなき首相が生まれた背景

NEWSポストセブン / 2020年10月3日 11時5分

補佐役から首相となった菅義偉氏

 安倍晋三前首相の突然の退任表明を受けて行われた自民党総裁選で、岸田文雄前政調会長と石破茂元幹事長を大差で退け、9月16日に晴れて第99代内閣総理大臣に就任した菅義偉氏(71才)。

 そんな菅首相には、国会議員2期目に“運命の出会い”があったという。拉致問題が世を賑わせていた2002年頃のことだ。

 自民党の部会で、菅首相は「北朝鮮の船を入港禁止にする法律をつくるべき」と強く主張した。それを小泉内閣の官房副長官だった安倍晋三前首相が知り、2人が近づくきっかけとなった。

「2006年発足の第1次安倍内閣で、菅さんは総務大臣となり、日本から北朝鮮にメッセージを発信する短波ラジオ放送を実現しました。“命令大臣”“放送への介入”などと、多くの批判を受けましたが、拉致された国民を勇気づけるために成し遂げたのです」

 こうして安倍前首相の信頼を得た菅首相は2012年からの第二次安倍内閣で官房長官に就任、7年8か月にわたって首相を支えることとなる。

「菅さんは“安倍さんは考え方がいい”と話していました。靖国参拝や憲法改正など、自分の国のことは自分で決める姿勢を評価したようです。菅さんは自他ともに認める“仕えるタイプ”。時折意見はするものの、安倍さんが決めたことには決して口を出さなかった。粛々とボスを守るという、補佐役としては最適の人だと感じます」(政治関係者・以下同)

 憲政史上最長の任期となった安倍前首相だが、持病の悪化を理由にリタイアした。この時点で菅首相には、国のトップに立つとの野心はなかったのではないかという。

「菅さんは“総理になるには金と派閥がいるから、自分は努力してもなれない”とよく言っていたそうです。実際に帝王学的な勉強はしていないようで、総理としてのビジョンもない。官房長官の役割に徹していたら、急に安倍さんが病気になり、“引き継げるのは菅しかいない”となった。とはいえ、菅さん自身は、決して総理になりたくなかったのではなく、なれないと思っていただけ。千載一遇のチャンスをつかむことにしたのです」

 かくして“ビジョンのない首相”が生まれた。

※女性セブン2020年10月15日号

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