コロナ禍の「勝ち組企業」はなぜ北海道発祥ばかりなのか

NEWSポストセブン / 2020年10月21日 7時5分

コロナ禍でも過去最高益になった家具のニトリ(札幌本社/時事通信フォト)

 長引くコロナ禍で多くの企業が業績悪化に苦しむ中、逆境を物ともせず“勝ち組”になっている企業を見てみると、ひとつの共通点が浮かび上がってくる。北海道発祥の企業ばかりなのだ。いったい強さの秘密は何なのか。ジャーナリストの有森隆氏が分析する。

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1990年代後半、「北海道現象」という言葉がメディアを賑わした。明治時代から地元経済を支えてきた北海道拓殖銀行が経営破綻したことに端を発する現象だ。「拓銀さんが潰れることは絶対にない」──。こう信じていた多くの北海道の経済人には衝撃的な出来事だった。

拓銀破綻が地元企業に与えたダメージ

 都市銀行で最初に経営破綻した拓銀について、簡単におさらいしておこう。

 1997年11月16日、日曜日の夕刻だった。東京・千代田区の皇居に近いパレスホテル(旧パレスホテル)の一室で拓銀最後の臨時取締役会が粛々と始まった。

 経営破綻した拓銀は翌17日、午前8時20分に北海道内の第二地銀、北洋銀行に事業譲渡すると発表。小(北洋銀行)が大(拓銀)を背負い込むことになった。すでに中(北海道銀行)との婚約(合併合意)は破談になっていた。預金量6兆円、公表不良債権9350億円。わが国の金融史上で最悪の経営破綻だった。

 なにしろ道内の企業の7割のメインバンクが拓銀で地場大手は100%拓銀が主力だったため、銀行経営の行き詰まりは地元経済に大きな打撃を与えることになった。

 明治5(1872)年創業の名門中の名門百貨店、丸井今井の経営も直撃した。拓銀の受け皿となった北洋銀行の武井正直頭取(日銀OB)と丸井今井の今井春雄社長は犬猿の仲として知られ、名門意識がやたらと強い晴雄氏が第二地銀の北洋銀行を門前払いにしたことが遺恨になったといわれている。

 2008年12月末時点で5億5000万円強の債務超過に陥っていた丸井今井は、2009年1月29日、札幌地裁に民事再生法を申請し、力尽きた。負債総額は502億円。消費低迷に大丸の北海道進出も追い打ちをかけた。

「北海道現象」で業績伸ばす小売業

 だが、暗澹とした重苦しいムードの中でも業績を着実に伸ばしている会社が複数あった。食品スーパーのラルズ(現アークス)、ホームセンターのホーマック(現DCMホールディングス)、ドラッグストアのツルハ(現ツルハホールディングス)、家具のニトリ(現ニトリホールディングス)など、いずれも小売り・流通企業だ。本土進出やM&A(合併・買収)に果敢に打って出たことが奏功した。

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