舘ひろし 人生変えた渡哲也さんとの出会い、「華がある」という言葉

NEWSポストセブン / 2021年1月5日 19時5分

舘ひろしが俳優人生のターニングポイントを振り返る

 映画史・時代劇研究家の春日太一氏がつづった週刊ポスト連載『役者は言葉でできている』。今回は、出演映画『ヤクザと家族 The Family』の公開を控えている舘ひろしが、役者を始めたきっかけ、忘れられない渡哲也との出会いについて語った言葉をお届けする。

 * * *
 舘ひろしはロックバンド「クールス」のメンバーとしてデビューした後、一九七六年に映画『暴力教室』に出演、俳優としてのキャリアをスタートさせる。

「芸能界に入るつもりは全くありませんでした。歌を歌う、映画に出るなんてことは、どちらも僕の頭の中にはなくて。

 うちは親父が医者だから、医者になれと言われていたんですが、勉強もしないで医者になんてなれないんですよね。医学部受験に失敗して、それから建築の勉強を始めました。

 その頃、原宿で暴走族仲間とよく行った喫茶店で声をかけられました。最初は、東映のプロデューサーから『映画をやれ』と言われたんですが、『映画なんてやらないよ』と返しているうちに、レコード会社から『レコード出しませんか』と話が来て、みんなと一緒にやるなら、まあいいかなと。それで、誰もバンドなんてやったのはいないのに始めたんですよ。

 ですから、ここから俳優になろうと決めた──というのはなくて、いつのまにか知らないうちに嫌々やっていました」

 一九七九年にテレビドラマ『西部警察』(テレビ朝日)に出演、これをきっかけに石原裕次郎率いる石原プロモーションに参加することになる。

「東映、それから角川の映画に出た後、石原プロの『大都会PARTIII』に出ないかという話になったんです。でも、その時は全くやる気がなくて、『テレビはやらないよ』とお断りして。そしたら一年後に今度は『西部警察』をやるから、どうしても欲しい、と。それで『半年だけ』という約束で『西部警察』に入っていきました」

『西部警察』で主演の渡哲也と出会う。この出会いが、その後の俳優人生を決定づけることになる。

「一番のターニングポイントは渡さんと出会ったこと。それが僕の人生を大きく変えました。

 初めて会った時のことは今も覚えています。それまでも東映で俳優さんたちとは会っているわけです。誰かは言いませんが、すごく軽んじられました。『今度よろしくお願いします』と挨拶しても『おうおう、頑張れや』とたばこ吸いながら返されたり。でも、渡さんは違った。

『西部警察』に出るにあたり絵画館前で記者会見をやったんです。その前に渡さんから『二人で会いたい』という連絡があって、絵画館手前の秩父宮ラグビー場近くにある喫茶店で会いました。

 待ち合わせの喫茶店に行ったら、渡さんはすでに来ていて、僕を見つけたらパッと立ってね。『舘くんですね、渡です』と言って握手してくれたんです。そんな俳優、それまで一人もいませんでした。それだけに凄く衝撃があり、嬉しかった。

『西部警察』をやっていると渡さんだけが『ひろし、お前には華があるな』と言ってくれたんですね。その言葉だけを頼りに今もやっている感じです。そんなこと言ってくれる俳優、いませんでしたから。

 その後も渡さんはいつも作品を見てほめてくれました。いつも僕に自信をつけてくれるんです」

【プロフィール】
春日太一(かすが・たいち)/1977年、東京都生まれ。主な著書に『天才 勝新太郎』『鬼才 五社英雄の生涯』(ともに文藝春秋)、『なぜ時代劇は滅びるのか』(新潮社)など。本連載をまとめた『すべての道は役者に通ず』(小学館)が発売中。

撮影/五十嵐美弥

※週刊ポスト2021年1月15・22日号

×


この記事に関連するニュース

トピックスRSS

ランキング