松本清張は尋常小学校卒、文筆業界の学歴マウンティングを考える

NEWSポストセブン / 2021年2月2日 19時5分

評論家の呉智英氏が考える文学界の学歴とは(イメージ)

 2021年の大学受験は、新型コロナウイルスに直撃されたこともあり、例年とは少し違うニュースも聞こえてくる。それらのニュースに触れた評論家の呉智英氏が、自慢できる「学歴」とは何か、について考察する。

 * * *
 一月十九日付朝日新聞夕刊が「鼻出しマスク受験生逮捕」を大きく報じている。十六日に行なわれた大学入学共通テストの受験生がマスクから鼻を出したまま試験に臨み、再三注意を受けたがそれに従わなかったのだ。逮捕の直接の理由は、その後会場のトイレに四時間閉じ籠ったので建造物不退去容疑だという。

 私が併読する他紙もほぼ同旨の内容だが、朝日の記事が大きかったのは、疫学の専門家による「鼻出し『感染のリスク』」の解説が付いていたからだ。容疑者の男が「これが自分の正しいマスクの着用である」と主張している(同朝刊)ためだろう。

 受験生には迷惑だったが、これも派生的なコロナ禍といえようか。

 さて、この鼻出し氏、相当変な人のようだ。現時点では四十九歳の男としか分からない。中年過ぎての大学受験というのも珍しくはあるが、それなりの理由があるのだろうか。だとすれば、鼻出しマスクぐらいに固執して受験失格の道を選ぶのが解せない。

 この事件に私が関心を持つのは、私もこの歳で再入試を考えていたからだ。私は自分の最終学歴にずっとコンプレックスを抱いていた。私の卒業した大学は、普通の就職にはまずまずのランクだが、文筆業界では有象無象の扱いだ。むしろ、司馬遼太郎が卒業した大阪外語大学蒙古語学科とか大城立裕が中退した東亜同文書院など、ニッチな大学が学歴マウンティングの頂点に立つ。そもそも大学はおろか高校・中学さえ出ていないとなると、圧勝である。推理小説界の雄、松本清張。書誌学の巨人、森銑三と柴田宵曲。いずれも尋常小学校卒だ。

 そこで私は工業高校卒、いや工業高校中退という学歴を獲得しようと考えた。入学手続きだけして翌日退学届を出せば、学費もほとんどかからない。友人の教育学者に一応相談してみると、彼は笑って、そりゃ駄目だよ、と言う。お前、何か企らんでるな、とも言う。私が高校生を煽って全学ストライキでもやらせようと企らんでいると思ったらしい。六〇年代じゃあるまいし…、私は別のことを企らんだのだが。

 私の計画を話すと、彼は「過年度生」だから入学拒否されると言った。高校は義務教育ではないので何度でも入学できるけれど、病気や転居による再入学以外、年長者の入学は通常認めないのだ。

 昨年十月七日付朝日新聞朝刊のオピニオン欄は「学歴なんて関係ない?」。三人の論者が発言しているが、女性誌などのライター、野原広子の“告白”が面白い。

「40歳を目前にした2年ほど『学歴詐称』していました。詐称内容は『早稲田大学』。本当は茨城県の農業高校卒です」「今、笑いながら話せるのは、自分を面白がれるライターという職業だから」「農業高校卒も学歴詐称の過去も、いまでは私の『学歴自慢』」

 二転三転して、私の感覚と共通するところがある。今回、世界有数の超難関カイロ大学の話をしようと思っていたんだけど、完全に脱線してしまったな。

【プロフィール】
呉智英(くれ・ともふさ)/1946年生まれ。日本マンガ学会理事。近著に本連載をまとめた『日本衆愚社会』(小学館新書)。

※週刊ポスト2021年2月12日号

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