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五代目圓楽から六代目円楽への言葉「落語をわすれるんじゃないよ」

NEWSポストセブン / 2021年7月2日 11時5分

六代目三遊亭円楽(左)と五代目圓楽(時事通信フォト)

 師の教えは、時を経てよりその真意が響くものである。六代目三遊亭円楽が、五代目圓楽の思い出を振り返る。

 * * *
 師匠が亡くなって12年、私が『笑点』(日本テレビ系)のレギュラーになり、もう44年。振り返ると、ずっと師匠の掌の上で転がされてきた感じがする。「お前が代わりに『笑点』に出ろ」「事務所は任せたよ」「円楽を継げ」……。節目節目に師匠がちゃんと道筋を決めてくれていた。

 そのたびに師匠から言われたのが「準備しておきなさい」ということ。こういう取材を受ける時もそう。聞かれたことにただ答えるんじゃなくて、「原稿になるように話しなさい」と。そう言いながら、師匠は脱線して、必要もないことをず~っと喋ってたけどね(笑い)。「アドリブは3日前に仕込め」とも言われたね。

『笑点』に出る時も「準備をしておけ」と言われたけど、同時にこうも諭された。

「落語を忘れるんじゃないよ。顔が売れたら、あちこちで喋る機会がある。その時に下手くそな落語をしちゃダメだ。だから落語は稽古しな」

 師匠は晩年になって、「俺は一番大事な時期を借金だ、忙しいだで落語をやれなかったからなぁ……」と後悔を口にしていた。晩年の落語の上手さ、凄さは衆目が認めるところだけど、すごい葛藤があったんだろうね。

〈1978年の落語協会分裂騒動で、5代目圓楽は師匠の圓生とともに協会を脱退。寄席に出られなくなった一門の落語家のため、1985年に自前の演芸場「若竹」を設置した。だが、1989年に運営難で若竹を閉鎖した後はその借金返済のため全国を講演して回り、高座から離れることを余儀なくされた〉

 私も忙しくてバタバタやってきて、この歳になって大病をして、ようやく師匠の言葉の意味が理解できるようになった。でも、70歳を超えて、やっと準備が整ったというか、それなりの形にはなってきたのかなと思う。

 ウチの師匠はとにかく厳しかった。他の弟子は師匠に何も言えないから、私に助けを求めてくる。何かあると私が師匠に小言を食らう。2人だけの時、「なんで私だけが吊るし上げられるんですか」って泣きながら訴えたら、師匠が「泣くんじゃないよ。私がイジメてるみたいじゃないか」って。イジメてたね(笑い)。

 でも、私が円楽を襲名する段取りが決まって、少し安心したのか、病床の師匠が耳元で「おめぇも、ちったあ、“らしく”なったな」と江戸弁で初めて褒めてくれた。

 師匠は私の円楽襲名を待たずに亡くなっちゃう(2009年10月逝去)んだけど、最後に認めてくれた。あの言葉がなかったら、私はこの10年、くたびれて乗り越えられなかったかもしれないね。

※週刊ポスト2021年7月9日号

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