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消えない「アジア人差別」に私たちはどう応じてゆけばよいのか

NEWSポストセブン / 2021年7月11日 16時5分

 そう、世界のインターネットで声を上げ続けるアジア人は中国系と韓国系ばかり。それを日本のネット民は工作活動乙と笑うが、日本語で閉じこもってブツブツ言っても何にもならない。戦前の問題を中心に、日本人が思うほどに日本の真実は世界に伝わっていない。それどころか嘘が真実となり始めている。日本はナチスと同じなんてあんまりだが、例えばドイツのメルケル首相は2015年、本気で日本とナチスを混同した演説をしている。これに日本政府が抗議した話は聞かない。本旨ではないのでこの程度とするが、楽天やコナミが以前の日本企業と違うのは、そんなグローバリズムの中では徹底して声を上げ、断固とした態度を示さなければヤラれるという危機意識だ。日米貿易摩擦、EU環境規制、中国反日デモ、韓国徴用工訴訟――日本の民間企業は肌身を持ってその恐怖を知っている。

「黙っていればいずれわかってくれるなんて、私たちの世代も悪かったんだよ。だからこれからの世代はそうではないことに気づいて欲しいし、もうそんな時代じゃない」

 かつて日本は土下座外交の国と言われ、NOと言わない(言えない)日本人なんて揶揄された。それを「言わぬが花」「沈黙は金」の美徳と誇ってきたが、そんなものは世界において美徳でもなんでもない。黙っていれば嘘も真実にされ、差別も容認される。アホなサッカー選手二人の戯言と矮小化せず、理不尽な差別とその拡散(そもそも一般人を動画で晒しての蛮行である)を許してはならない。むしろ差別を逆利用して恫喝に変える中国人のたくましさも見習っていいくらいだ。悲しいかな、許すことは国際社会では弱者の姿勢だ。

 今回のデンベレとグリーズマンの蛮行に限らず声を上げなければ、その差別を認めることになる。差別してもいいと思われる。世界とは日本人の公正世界仮説とは真逆の教育困難校のようなものであり、弱いヤツはイジメられるヤンキー中学である。差別に毅然と声を上げることは「やり返したら相手と同じレベルに落ちる」ことではない。「相手の土俵に乗ったら負け」なんて嘘っぱちだ。負けたらどんな目に遭うか、これもまた先人が証明してくれている。日本の猿にだけ原爆を落としても構わない、それが世界だ。

 謝ることと許すことは日本以外の国では弱い者がすること、という日本以外のほとんどの国における常識を、日本人は肝に銘じる必要がある。意見はさまざまだろうが、これを機会に改めて日本人としての「アジア人差別」について議論すべき時に来ている。日本人が名誉白人でシナやコリアと違うだなんて、これもまた先人の作り上げた嘘っぱちである。

【プロフィール】
日野百草(ひの・ひゃくそう)/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。日本ペンクラブ会員。出版社を経てフリーランス。全国俳誌協会賞、日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞(評論部門)受賞。『誰も書けなかったパチンコ20兆円の闇』(宝島社)、『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)。近刊『評伝 赤城さかえ 楸邨、波郷、兜太から愛された魂の俳人』(コールサック社)。

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