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岩崎宏美が振り返る阿久悠さんと筒美京平さん 『ロマンス』を巡る対立

NEWSポストセブン / 2021年7月28日 19時5分

岩崎宏美が阿久さんと筒美さんとの思い出を振り返る

 昭和の音楽界にその名を刻む作詞家・阿久悠さんと作曲家・筒美京平さん。その二人が多くの楽曲を提供した歌手・岩崎宏美が、阿久さんと筒美さんとの思い出、名曲との出会いについて語った。

 * * *
 デビュー曲の『二重唱(デュエット)』(1975年)以来、阿久悠先生には約70曲、筒美京平先生には約80曲も書いていただきました。お二人は歌手・岩崎宏美を作ってくださった恩人です。

 私はオーディション番組『スター誕生!』を経てデビューしましたが、審査員を務めていた阿久先生は無駄に笑わない方。当時は30代後半だったと思いますが、高校生だった私にはすごく大人に見えて怖い印象もありました。でも、その後は詞をいただくたびに「こんなに年が離れているのに、どうして私の気持ちがわかるのかしら」と。『スタ誕』出身で、やはり阿久先生に詞を書いてもらっていた森昌子さんや伊藤咲子さんたちと「先生って、あんな顔して経験豊富なのかもね」という話をしていました。あははは……。

 筒美先生は私が歌手になる前、「この歌、素敵だな」と思って芸能誌の歌本を見ると、決まって“作曲:筒美京平”と表記されていて。ですから、デビュー曲の作曲が筒美先生と聞いた時は、自分はなんて強運なのだろうと思いました。その先生はとてもオシャレで物腰の柔らかい方。

 最初のレコーディングでは「将来、多くの人から高音を褒められるだろうけど、あなたの良さは中低音だから、それを忘れないでね。あとはリズム感がちょっと甘いから、リズムのある曲を聴いて勉強しなさい」と言われました。私はジャクソン5が好きでよく聴いていたので少しショックだったのですが、プロの厳しさを先生から教えられた気がします。

 阿久先生と筒美先生は『想い出の樹の下で』(1977年)まで、8作連続でシングル曲を書いてくださいましたが、2作目の『ロマンス』(1975年)の時はB面の『私たち』と、どちらをA面にするかで意見がわかれたこともありました。筒美先生は「歌詞は16歳の少女が歌うには色っぽすぎるんじゃないか」とおっしゃって『私たち』に1票。阿久先生は「こういう詞でも岩崎くんが歌えば爽やかに聴こえる」とおっしゃって『ロマンス』に1票。最終的には私を含めた関係者の多数決で『ロマンス』がA面となりました。

『ロマンス』はもともとバラードだったらしいのですが、メロディがいいので、アップテンポにしたそうです。キーが高いのでいま歌うのは大変ですが、ファルセット(裏声)を使って、命を削りながら、当時のキーで歌っています。

若い世代にも受け継がれる両巨匠が残した名曲たち

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