テレビ朝日 Mステ立ち上げ時に低俗番組いらんと上層部反対

NEWSポストセブン / 2013年2月4日 7時0分

 昨年、年間視聴率1位(プライム帯=19~23時)を獲得したテレビ朝日(以下・テレ朝)だが、2000年代までの半世紀にわたって、視聴率で苦杯をなめ続けていた。実際、歴代高視聴率ベスト10はおろか、ベスト20にまで広げても、テレ朝の番組はひとつも入らない。

 1964年にテレ朝に入社し、『ミュージックステーション』や『TVタックル』など現在も続く名番組を手がけた元プロデューサーの皇達也さんは、「当時のウチには覇気がなかった」と振り返る。

「ひとことでいうと、みんな他局に勝つ気がなかったんです。テレビ朝日の前身は『日本教育テレビ(NET)』という教育専門局。だからなのか、“数字は取れなくても、いい番組を作ろう”という風土がずっと残っていた。フジが『楽しくなければテレビじゃない』と突っ走っていたころ、うちのスローガンは『報道と情報のテレビ朝日』でしたから(苦笑)。戦う前から負けているようなものです」

 皇さんは入社当初から「視聴率で勝ちたい」という気持ちが強かった。しかし、穏やかな雰囲気の局の中では浮きがちな存在だった。今でも忘れられない象徴的なエピソードがある。

「1986年に、ポップミュージックに狙いを絞った『ミュージックステーション』を立ち上げようとしたときでした。新番組をつくる前には、自社の諮問委員会にかけられるんですが、“(クラシック中心の)『題名のない音楽会』という良質の番組があるのに、そんな(低俗な)新番組はいらないのでは?”と言われてびっくりしました。ぼくは忠告を無視して番組を制作しましたけどね(苦笑)」(皇さん)

 こうした“ヌルい”空気に活を入れたのが、1999年に社長に就任した広瀬道貞氏だったという。2002年ごろ、「プライムタイムの視聴率トップをめざす!」と宣言。

「社員のやる気に火をつけ、徐々に意識が変わり始めました。そこから今日に続く道が始まったんです」(皇さん)

※女性セブン2013年2月14日号



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