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小沢一郎氏「もう一度やってやれないことはない」決意新たに

NEWSポストセブン / 2013年2月15日 7時1分

 昨年12月の総選挙で、小沢一郎氏は自らの政治史における歴史的大惨敗を喫した。泣いても吠えても、この事実と現実は動かない。『小沢一郎 嫌われる伝説』著者で政治ジャーナリストの渡辺乾介氏が「敗軍の将」の胸の内を質した。

──あなたはかねてから、明治の元勲の中では近代国家の礎をつくった大久保利通の合理主義を非常に評価してきたが、今のあなたは西郷隆盛の心境になっているんじゃないか。明治維新の立役者となりながら、その後の政治の流れの中で、下野して、反乱を起こして、最後は……。そんなことを感じます。

小沢:そう言われてみると、そんな気持ちが半分くらいあります。

 しかし明治維新では、薩摩が少数派になったり、長州が少数派になったりと、いろいろな経過を経て、最後は大同団結して幕藩体制を倒した。あの時は黒船が来航してから明治維新まで15年かかったんです。私が自民党を出てから、ちょうど20年が経ちました。その経過からいうと、そろそろ維新が実現してもいい頃です。

──ん? 維新、維新というと、何だか話が紛らわしいですね(笑い)。

小沢:そろそろ(政治の)文明開化が完成していい頃ですが、少し長引いている。明治維新を目指して、もう一度頑張らないと夜が明けないかな、という心境です。私の周囲は、青菜に塩みたいになっているけれども、考えてみると、ちょうど民主党と自由党の合併以前に戻ったということなんです。

 あの時、自由党は20人前後ですし、確か民主党も110人くらいだった。新聞の政党支持率調査でも、民主党が7%か8%くらいで、わが方が2%前後。そんな状況から始まって政権交代を実現したのですから、もう一度やってやれないことはないだろうというふうに思って、決意を新たにしているところです。

──西郷のように幕をおろすわけにはいかない?

小沢:城山(西郷が西南戦争に敗れて自決した地)には、まだちょっと早いな。

──しかし、あなたの政治改革の歩みは賽の河原の石積みで、積んではまた崩すという繰り返しです。

小沢:自分で崩しているつもりはないんだけれども、もう少しうまく積み上げなくちゃいけないですね。

──自民党時代にあなたの盟友だった梶山静六さんが、創政会旗揚げ(*注)の時、煮え切らない竹下登さんに、「国民にも我々にも政治家に対する期待権というものがある。あなたが決断できずに、その期待権に背くようなら、私はもうこの場から去る」と言ったというエピソードがある。

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