大沢在昌氏「読者以前に私が飽きる」と最新作で新境地に挑戦

NEWSポストセブン / 2013年3月4日 16時0分

【著者に訊け】大沢在昌氏/『冬芽の人』/新潮社/1890円

 雪に閉ざされ、色を失くした北国の冬。その静謐をやぶるように、木々に降り積もった雪が落ちる様子を「垂(しず)り」というそうだ。

「ヒロインの名前を考えている時に辞書で見つけたんだけど、綺麗だなあと思ってね。同じように凍てつく冬をじっと耐え、春を待つ芽を冬芽といい、心を固く閉ざした女の喪失と再生の物語にはぴったりだった」

 大沢在昌著『冬芽の人』は、自分の身がわりになった同僚の死に責任を感じ、刑事を辞めた〈牧しずり〉の心の雪解けを描く氏渾身の意欲作だ。それは6年前、練馬で起きた強盗殺人事件に関して、警視庁捜査一課の先輩刑事〈前田光介〉と聞き込みに行った時のこと。

 突然部屋を飛び出した男がしずりに襲いかかり、前田と揉み合いになったのだ。逃げた男は環七を横断中にトラックにはねられ死亡。DNA鑑定の結果、その男〈村内〉こそ練馬の犯人と判明したが、頭を強打した前田は意識を取り戻すことなく、2年後に亡くなった。

 以来過去を封じて生きる彼女をある出会いが変えた。前田の遺児〈仲本岬人〉である。気後れするほど若く健康的な彼の一途さに心は揺れ、モノクロームの世界に生きる元女刑事の毎日は再び色づき始める。大沢は同作についてこのように語る。

「私自身、ここまで後ろ向きなヒロインを書いたのは初めてじゃないかな。なぜそういう女性を書いたかと言えば理由は簡単で、書いたことがないからです。私は常に新しいことをやりたくて、『新宿鮫』のような20年続くシリーズ物であっても常に現実の一歩先をゆく犯罪シーンを盛り込みたい。

 そうでなければ読者以前に私が飽きるし、大沢在昌はこういう作家だと“自分で自分を規定してしまうつまらなさ”を、しずりにも克服させたかったのかもしれないね」

〈望まない贈りもの、それは自分の命だ。そしてもう決して返すことができない〉

 自分に好意を寄せる男が救ってくれた命を、彼女はありがたく思うことが出来ない女だった。夫との関係を疑う前田の妻こそ葬儀で憎しみを口にしたが、職場では誰も彼女を責めず、それが苦しくて警察も辞めた。

 前職を隠して入った会社で目立たぬよう働き、その堅実な仕事ぶりには女子社員から人気の上司〈中崎〉も一目置く。が、〈怒りも悲しみもない、一本の線として生きよう〉と、36歳にして思い決めた彼女の心を何物も溶かすことはなかった。

「特に彼女みたいな事情はなくとも、所詮自分は今いる場所でハミ出さずに生きるしかないと、自分の能力や居場所を決めてしまう人は多い。その殻をつき破るには何かしら“外的要因”が必要で、それがしずりの場合は岬人の出現だった」

 前田の命日、しずりは彼の前妻の息子だという若者に墓前で声をかけられた。〈整った富士額、色白で通った鼻すじ、かすかに赤らんだ頬〉〈若者らしい、ぬくもりのある体臭を感じた。不快な匂いではなかった〉

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2013年3月15日号

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