小学6年生の佐藤浩市に三國連太郎「これから1人で生きろ」

NEWSポストセブン / 2013年4月25日 16時0分

「ひどいよ、そりゃ。ぼくと彼の間に介在したのは“役者”という言葉だけなので、その中で語ることはできるけど、ただ単純に父親像という、世間一般のかたにわかるように説明してくれと言われても、それはぼくには無理です」

 4月14日、急性呼吸不全で亡くなった三國連太郎さん(享年90)について、息子の佐藤浩市(52才)は、「どんなお父さんだったか?」という報道陣の質問にこう答えた。佐藤が最後まで“恨み節”を語った背景には、31年の長きにわたって抱き続けた父への愛憎渦巻く思いがあったからだ。

 生涯4度の結婚をしている三國さん。佐藤は、1957年に結婚した3人目の妻であるA子さんとの長男として1960年に生まれる。しかし、当時すでに人気俳優だった三國さんとA子さんの幸せな家庭生活は、ほどなくして破綻する。名うてのプレイボーイだった三國さんは、女優の太地喜和子さん(享年48)ら多くの女性と浮き名を流し、家に戻らない日々が続く。そして1972年、ついにふたりは離婚。このとき小学6年生だった佐藤を、箱根の十国峠に連れていった三國さんは、こう言い放った。

「ここでお前と別れる。今日から他人になる。一切関係を絶つ。これからひとりで一生懸命生きてくれ」

 父とすれば、一切の未練を断つために、あえて厳しい言葉を発したのだろうが、こうして父に“棄てられた”佐藤は、母とふたりで生活することになる。

※女性セブン2013年5月9・16日号

NEWSポストセブン

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