止まるのが嫌いな王貞治氏 信号が赤だと脇道に入る運転ぶり

NEWSポストセブン / 2013年6月1日 7時0分

 かつてのプロ野球界を彩った大スターに秘められた裏話を、スポーツライターの永谷修氏が綴るこのコーナー。今回は、王貞治氏のエピソードを紹介する。

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 王貞治がハンク・アーロンの本塁打記録を抜き、国民栄誉賞を獲得した直後、自宅を訪れて写真を撮らせてもらったことがある。現在のように球団の広報体制が整っていなかった77年頃のこと。王本人に直接、“球団には写真の許可はもらっていますが、ご自宅ででもいいですか”と聞いたら、「これから1時間ほど用事があるから、先に自宅で待っていて」 と、二つ返事で許可をくれた。

 自宅のグローブ型のソファに座った貴重な写真。しかしその後、私は巨人からしばらく出入り禁止の措置を受けた。実は当時、自宅での撮影は禁止されていたのである(ペン取材はOK)。多分それは王も百も承知のことだっただろうが、王の家にはいつも新聞記者が詰めかけており、他の記者と同じことをやっても仕事にならないだろうと、弱者の味方をしてくれたのだと思う。

 王は自宅から愛車で球場に通っていた。取材に来ていた顔なじみの番記者何人かには、「一緒に乗っていかないか」と言うことがあり、同乗していくのを見ていたが、ある時、私にも声がかかった。「将を射んと欲すれば先ず馬を射よ」ではないが、王の家を訪れる度、3人の娘さん用に当時流行っていたサンリオのグッズを持って行ったのが功を奏したか、と思ったが違った。「新聞記者と一緒だとあれこれあるからね」とキチンと区別をして、誰も来ていないときに乗せてくれたのだった。

 何度か同乗を許された車での王は、ともかく止まるのが嫌いだった。目黒の自宅から後楽園への道すがら、次の信号が赤であることを見定めると、すぐに脇道に入り、球場までをノンストップで走っていく。

「僕は立ち止まるのが大嫌いなんでね」

 と、王は涼しい顔で言ったが、普段接する時の柔和な表情の陰に、秘めたものがあるから、大記録は生まれると感じたものだ。

■ながたに・おさむ/1946年、東京都生まれ。著書に『監督論』(廣済堂文庫)、『佐藤義則 一流の育て方』(徳間書店)ほか。

※週刊ポスト2013年6月7日号

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