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【映画界のカリスマ直撃】黒沢清監督が明かす“転売屋”演じた菅田将暉の魅力「良いと悪いの中間を演じられる力」

NEWSポストセブン / 2024年9月27日 11時15分

黒沢清監督の『Cloud クラウド』がベネチア国際映画祭のアウト・オブ・コンペティション部門に選出される

 世界最古の映画祭で、世界三大映画祭のひとつでもある「ベネチア国際映画祭」が、今年は8月28日から9月7日まで開催された。黒沢清監督の『Cloud クラウド』はアウト・オブ・コンペティション部門に登場。早くも米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表に選出され、9月27日の公開を待つ話題の本作について、黒沢清監督自身が制作の裏側や主演の菅田将暉(31才)について、イタリア・ベネチアの地で語った。 

 今年のベネチア国際映画祭はアジア圏の作品が少なく、コンペティション部門に日本映画の名前はなかった。しかし、映画界のカリスマ・黒沢清監督の『Cloud クラウド』は、アウト・オブ・コンペティション(特別招待作)部門に選出。公式上映が24時に開始という深夜枠にもかかわらず、会場は熱気に包まれた。上映前には数百人のファンが待ち構え、黒沢監督のサインを求める列ができ、本人をも驚かせていた。 

 本作は黒沢監督が得意とするサスペンス・スリラー。主人公の吉井(菅田将暉)は、あらゆる物を安く仕入れ、インターネット上で高く売る「転売屋」だ。昼間は町工場で働く二足の草鞋生活だったが、上司から昇進を持ちかけられたのを機に退職。交際相手の秋子(古川琴音、27才)を連れて郊外に移住し、本格的に転売業に集中する。だが、すぐに付きまといなど、不穏な出来事に遭遇。やがて、知人から、見ず知らずの赤の他人に至るまで、吉井を標的とした憎悪が雪だるま式に加速してゆく――。

 映画祭期間中には嬉しいニュースも飛び込んだ。本年度の米国アカデミー賞国際長編映画賞の日本代表に、早くも本作が選ばれたという。純粋に娯楽作品を目指したジャンル映画のオスカー候補選出は、監督にとってもかなり意外だったようだ。ジャンル映画とは、「サスペンスやホラーなど端的にジャンル分けができるような、一般的な物語構造の映画」という意味だ。黒沢監督はこう語る。 

「大変嬉しいことです。でも、選んだ人がよほど変わった人だったのか、こんな映画が日本代表で本当にいいんですかね(笑)。よくわかりません。これまで僕の作品には『トウキョウソナタ』(2008年)、『岸辺の旅』(2015年)、『スパイの妻』(2020年)のようなヒューマンな映画もあったのですけど、“スリラーの『Cloud クラウド』を選びますか?”と、キョトンとなりました」(以下同) 

 ベネチア国際映画祭では、『スパイの妻』が監督賞に当たる銀獅子賞に選ばれた実績がある黒沢監督。だが今回は、なぜか賞の対象外である「アウト・オブ・コンペティション部門」。いくら『Cloud クラウド』がチャレンジングな作風だったとはいえ、『パラサイト 半地下の家族』(2019年)や『TITANE/チタン』(2021年)など、世界三大映画祭でもジャンル映画が最高賞を受賞する昨今の傾向に鑑みても、残念な気がしなくもない。監督本人も納得がいっていないのでは。 

「いえ、まったくそんなことはありません。呼ばれただけで充分有り難いです。コンペ部門というのは、諸刃の剣のところがあります。“コンペ”と呼ばれるくらいだから競わされ、順位がつく。それで華々しく賞をとれば『さすが』と言われますけど、一方で叩かれることも。呼んでおいて叩くのはひどいと思うんですけど(笑)。だったらアウト・オブ・コンペのほうがよっぽど良かったって話で」 

 ということで、激しい競争に巻き込まれることもなく、リラックスしてベネチア国際映画祭を満喫している様子の黒沢監督だった。 

「知り合いの転売をやっている男は、一生懸命働いている」 

 さて、本作の主人公・吉井の仕事は「転売屋」。監督は過去作の『連続ドラマW 贖罪』(WOWOW、2012年)でも転売屋を登場させたが、そんなに気になる職業なのだろうか。 

「知り合いに転売をやっている男がいたのですが、すごく一生懸命働く仕事なのです。やるべき事がたくさんあり、儲かる時は儲かるけれど、常に注意をしていないと在庫が溜まったりと大変。会社なら個人のリスクは薄まるけれど、転売屋は1人で全部に対応し、いろいろなリスクを背負う。犯罪スレスレですが、これもひとつの生き方。資本主義の冷たい現実という現代社会をシンボリックに見せることができる仕事だと直感しました」 

 吉井は「ラーテル」というハンドルネームを持ち、淡々と仕事をこなし、稼ぎも好調だ。しかし、そんな彼は徐々に周囲から敵意を向けられる。知らない者同士がインターネットを介し、吉井の襲撃を画策。インターネットは憎悪の増幅装置に変わる。さまざまな憎しみや不満をこじらせた人、あるいは単なる暇つぶしをしに集まる人、そんな人間模様は異様だが、妙にリアルだ。希望や展望が見えない時代の現代人の心の在りようが、風刺的に浮かび上がってくる。そして、本作の見せ場である怒涛のアクションシーンへと流れ込むのだ。 

「この映画の大きなセールスポイントとして、銃撃戦をしっかりやっていることは外せません。アメリカ映画では銃は非常にありふれていて、重宝される小道具です。しかし、日本では本物の銃を扱ったことがある人は少なく、銃撃戦をうまく撮るのはなかなか難しいのです。銃はあっという間に人を殺せたりするなど、ドラマが大きく展開する重要な小道具。それをどう撮るのか。そして、銃を持ってしまった人をどう演出するのか。これまで自分の映画でも、小さな形ではちょこちょことやってきたのですが、本格的にやったのは今回が初めて。いろいろと新しいチャレンジや実験的なことをさせていただきました」 

菅田には「脚本だけでは、どう演じていいのかわからない」という戸惑いがあった 

 今回は、主演の菅田のベネチア入りは叶わなかった。歌手に俳優に目覚ましい活躍を続ける菅田のどんなところに、巨匠は魅力を感じているのだろうか。 

「言葉で言えない独特のアンバランスさがあると思います。パッと見はどこか鋭い目つきであったり、顔立ちや身のこなしがとがっている感じがありますが、しゃべるとすごく低い声で柔らかいのです」

しかし、その天性の素材以上に、演技者として「うまくて的確」なのだと語る。 

「今回、(転売屋を仕事にする)“普通の人”の芝居は難しかったと思います。普通の人って何かというと、万事が曖昧だということです。例えば、商品が売れた瞬間に、半分は『やった!」と思い、もう半分は『やばいかも……』と思う態度。これが僕にとっては“普通の人”なんですけれども。どっちつかずの曖昧さを、菅田さんは的確に演じられるんですね。ただ曖昧なだけだと捉えどころのない魅力のない人になってしまうのですが、彼は違う。言葉として矛盾してるかもしれないですが、“くっきりと正確に”曖昧さを表現できる。これは演技力ですね。『良いと悪いの中間をやってください』と言ったら、『わかりました』と中間をやれる。素晴らしい力だと思います」 

 とはいえ、その “普通の人”の演技を引き出せたのも、俳優を確かな方向へと導ける黒沢監督の “くっきりと正確な”ディレクションがあってこそだろう。 

「最初は菅田さんも、『脚本だけでは、どう演じていいのかわからない』という戸惑いがあったようです。『何か参考になる映画はありませんか』と聞かれたので、アラン・ドロンの『太陽がいっぱい』を薦めました。そうしたら『わかりました』と見てくれて、いたく感激していました。あのドロンは明らかに犯罪者ですが、善人でも悪人でもない。人間の存在感って、そもそも“曖昧” なんじゃないでしょうか。真面目にコツコツと悪事を働く主人公の姿も、菅田さんにはすごく新鮮だったみたいです」 

 そして、曖昧な存在のアンチ・ヒーロー的な転売屋に挑んだ菅田将暉。『Cloud クラウド』は、監督と主演俳優、双方にとって新たなステージに進む重要な1作となるだろう。 

【プロフィール】 

黒沢清(くろさわ・きよし)/1955年、兵庫県神戸市出身。立教大学在学中に8mm映画を撮り始め、長谷川和彦、相米慎二に師事。役所広司主演の『CURE』(1997年)で世界的に知られるように。以後も秀作をコンスタントに送り出し、全盛期が途切れぬような第一線での活躍を続ける。主な作品にカンヌ映画祭の国際映画批評家連盟賞受賞の『回路』(2000年)、『アカルイミライ』(2002年)、カンヌ映画祭「ある視点」部門審査員賞受賞の『トウキョウソナタ』(2008年)、カンヌ映画祭「ある視点」部門監督賞受賞の『岸辺の旅』(2015年)、初の海外作品『ダゲレオタイプの女』(2016年)、ベネチア映画祭銀獅子賞(監督賞)受賞の『スパイの妻』(2020年)など。今年は配信作品として作られた『Chime』、フランス製作のセルフリメイク『蛇の道』、本作『Cloud クラウド』の3作品が劇場公開された。過去には、東京芸術大学大学院教授として映画人育成にも尽力している。 

◆取材・文/林瑞絵(はやし・みずえ) 

在仏映画ジャーナリスト。北海道札幌市出身。映画会社で宣伝担当を経て渡仏。パリを拠点に欧州の文化・社会について取材、執筆。海外映画祭取材、映画人インタビュー、映画パンフ執筆など。現在は朝日新聞、日経新聞の映画評メンバー。著書に仏映画製作事情を追った『フランス映画どこへ行く」(キネマ旬報映画本大賞7位)、日仏子育て比較エッセイ『パリの子育て・親育て」(ともに花伝社)がある。 

『Cloud クラウド』 9月27日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー 

(C)2024「Cloud」製作委員会 配給:東京テアトル 日活 

 

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