【逆説の日本史】バボージャブへの「手のひら返し」が招いた「大きなツケ」とは何か?
NEWSポストセブン / 2024年9月26日 11時15分
おわかりだろうか。日本軍が侵攻したのはソビエト連邦では無く、モンゴル人民共和国のノモンハンだったのだ。つまり、モンゴル側から見れば突然日本が国境を越えて侵略してきたことになる。当時世界でももっとも強力な陸軍の一つである日本軍が攻めてきたのだ。まさに、国家存亡の危機である。このときのモンゴル人民共和国の首相がチョイバルサンであった。
しかし、モンゴル軍では到底強力な日本軍に対抗することはできない。そこを「助けてやった」のがソビエト軍であり、スターリンであったのだ。モンゴル人民共和国は、スターリンのおかげで日本の侵略をはね除けたことになる。これが「スターリンには、世話になった。という、東洋的な義理人情とつながり」である。
また、冒頭に述べた「大きなツケ」とはこのことで、日本側に味方する可能性もあったモンゴルを日本は敵に回してしまった、ということである。その理由は、言うまでも無く「バボージャブのハシゴを外す」という「東洋的な義理人情」を欠いた行為に走ったからである。
「統帥権の魔術」
しかし、お気づきのように多くの日本人がこのことを認識していない。俗に「殴ったほうはそのことを忘れるが、殴られたほうはいつまでも覚えている」と言うが、まさにこれがその実例かもしれない。『モンゴル紀行』のなかで司馬遼太郎は、この事件いや戦争のそもそもの発端が、モンゴル人民共和国の騎兵隊が馬に水を飲ませにハルハ河にやってきたことにある、としている。
モンゴル人にとっては、それこそ何千年も続いている当然の行為だったのだが、ソビエト連邦に対抗するための緩衝地帯であり補給地でもある満洲国を建国(1932年)し実質的に支配していた日本は、これをソビエトの意を受けた国境侵犯つまり挑発と見て「断固排撃」する措置をとった。
〈一個中隊の軽爆撃機をモンゴルの領内にまで飛ばし、モンゴル軍の包(テント式住宅。引用者註)二十個を爆撃してしまったのである。関東軍にすれば、頻発する国境紛争を「断固たる意志」を示すことによって終熄させるつもりもあったらしい。しかし客観的にみればこれほど危険な火遊びはなく、またこれほど重大な「国家行為」をやるのに、現地軍がみずから判断し、みずからやったというような例は、当時、日本以外のどの国にもない。例の統帥権の魔術というべきものであった。〉
(『街道をゆく5 モンゴル紀行』)
ここで司馬が「統帥権の魔術」と呼んでいるのは、大正から明治にかけて軍部が軍をどのように動かすかということは天皇の統帥権に属し、それに内閣や国会が口を出すということは統帥権干犯(侵害)だという理屈をつけて、軍部独走の国家になっていったことを示している。だから陸軍が、伊藤博文も中国の領土と認めていた満洲(中華民国から見れば東三省)を勝手に軍事制圧したことを、陸軍は「満洲事変」と呼ばせたのである。
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