中ソ暗黒史に新証言 林彪中国元帥の頭はKGBが釜ゆでにした

NEWSポストセブン / 2013年8月10日 7時0分

「これは初めて話すが、林彪(りんぴょう)はソ連と内通していたのではないか。つまり、ソ連のスパイだったのだと思う」

 こう切り出したのは元モンゴル外務次官のダラミン・ヨンドン氏である。氏は20年以上も外務次官を務めたモンゴル外交の重鎮。1971年9月の林彪事件当時、外務次官として機密事項を担当した。中国との交渉はもう一人の次官ビリガ・オルトン氏に任せ、自身は国防省、軍、情報機関、さらには駐モンゴルソ連大使らと共同で事件対応に当たった。
 
 モンゴル政府部内で林彪事件の全容を知る数少ない元高官だ。そのヨンドン氏が初めてジャーナリスト、相馬勝氏の取材に応じ、冷戦時代の中ソ史で「最大の闇」と言われた林彪事件の真相を明かした。以下、相馬氏のレポートである。

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 林彪は文化大革命(1966~1976年)の最中、1969年4月の第9回中国共産党大会で「毛沢東主席の親密な戦友」で「後継者」とされ、党副主席や国防相、党政治局常務委員を兼務して絶大な権勢を振るった。

 ところがその後、林彪は毛沢東と対立し、空軍作戦部副部長だった長男の林立果らが毛沢東暗殺を企てたが失敗。報復を恐れて1971年9月13日未明、妻の葉群や林立果、部下らとともに、中国河北省の避暑地、北戴河近くの山海関飛行場から軍用機でソ連のイルクーツクに向けて逃亡した。ところが、同機は中国国境から350キロ北のモンゴル・ウンドゥルハンで墜落、大破して全員が死亡した。これが「林彪事件」と呼ばれる出来事の中国政府公式見解である。
 
 なぜ中国と対立していたソ連に逃げたのか、墜落は事故だったのか、本当は中国内で殺されたのではないかなど、事件直後から世界中で憶測が飛び交い、林彪事件は「中国現代史最大のミステリー」とされて今に至っている。

 ヨンドン氏によると、墜落機の中に軍用航空地図があり、北京、ウランバートル、ソ連のイルクーツクに○印が付いていた。林彪機の目的地はイルクーツクだったようだ。

 墜落機はモンゴル軍のレーダーに捕捉されないよう高度約600メートルを低空飛行していたが、機にはそれを可能にする特殊機器が設置されていた。また、ソ連軍の周波数に合わせた無線機や暗号表まであった。すべてソ連製で、羅針盤もソ連のものだった。

「当時は中ソ対立が激しく、中国の最高指導者であっても最先端のソ連製機器をそろえられたのは不自然だ。林彪自身か、あるいは部下が、ソ連軍と特別な関係にあった証拠と言えるのではないか」とヨンドン氏は推測する。

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