米国での従軍慰安婦碑設置運動推進派に日系のホンダ下院議員

NEWSポストセブン / 2013年11月3日 16時0分

 全米各地で韓国系アメリカ人が展開している慰安婦碑設置運動にカリフォルニア州ブエナパーク市議会は碑の設置を却下した。この決定には、元米海兵隊軍曹のロバート・ワダ朝鮮戦争従軍日系退役軍人会会長の書簡が与えた影響が大きかったという。だが、皮肉なことに設置運動に積極的な人物も日系人であるとジャーナリストの高濱賛氏がリポートする。

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 皮肉なことだが、この韓国系の「従軍慰安婦」碑設置運動を左右しているのは、二人の日系アメリカ人だ。一人は、「全米各地に次々に設置せよ」と檄を飛ばすマイケル・ホンダ下院議員(カリフォルニア州第17区、民主党=72)。もう一人は元米海兵隊軍曹のロバート・ワダ朝鮮戦争従軍日系退役軍人会会長(83)だ。

 ホンダ議員の祖父母は、熊本県出身の移民。ホンダ氏自身は戦時中にコロラド州のアマチ収容所で1歳から5歳までの幼年期を過ごした。一方のワダ氏の両親は広島県出身。ワダ氏は12歳の時に両親、兄姉8人と一緒にアリゾナ州のポストン収容所に入れられた。 ともに強制収容所の中で日本を憎んで育った。

 白人から「敵性国民」扱いされた日系人たちは「日本」と距離を置くことでアメリカへの忠誠心を示そうとした。収容所から軍隊に入隊する「ゴー・フォア・ブローク(当たって砕けろ)」(欧州戦線で戦った日系442連隊戦闘部隊を指す)の若者たちもいた。

 日系人の対日観は環境、とくに両親の対日観に大きく左右されてきたと言われる。

 すでに物心ついた時期に収容所生活を送っていたワダ氏は、1950年に朝鮮戦争が勃発するや、迷うことなく米海兵隊に志願し、1950年から1952年まで第一海兵師団第一戦車大隊軍曹として朝鮮戦争に従軍した。

 出征の前夜、息子二人を欧州戦線で失っている母親は「最善を尽くしてお国のために戦ってきなさい」と励ましたという。日本流に言えば、まさに「武運長久を祈る」だった。ワダ氏は幼稚園から高校まで一緒だったメキシコ系の親友を戦場で失った。

 一方、ホンダ氏は軍隊とも戦争とも縁はない。大学時代、平和部隊に入隊し、2年間エルサルバドルで過ごす。大学を出ると教職に進み、その後高校の校長を務めた。1996年、カリフォルニア州下院議会議員に選出。2001年には連邦下院選に立候補し、当選。州下院時代から旧日本軍の戦争犯罪を追及し続けている。今や「アジア系連邦議員の実力者」だ。オバマ第二期政権では教育長官候補にも挙がった。

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