60年前の赤ちゃん取り違え裁判 弟たちの「疑念」が爆発した形

NEWSポストセブン / 2013年12月6日 7時0分

 60年前、出生直後に別の新生児と取り違えられ、本来と異なる人生を余儀なくされたとして、トラック運転手・伊藤武史さん(仮名、60才)と3人の実弟は取り違えた病院・賛育会病院側に賠償を求め提訴。東京地裁は11月26日、3800万円(武史さんに3200万円、実弟3人に600万円)の賠償を命じた。この裁判について、とある社会部記者はこう話す。

「実は裁判が起きるきっかけとなったのは、2008年に3人の弟が武史さんと取り違えられた竹田直紀さん(仮名、60才)を相手取り、両親と直紀さんが親子ではないことを認めるよう提訴したことでした」

 1999年に母が、2007年に父が亡くなったが、その際の遺産分配をきっかけに、弟らがそれまで兄に抱いていた“疑念”を爆発させた形だった。

「3人の弟はお父さんが亡くなった際に、長年の疑問であった直紀さんの血縁問題を明らかにするため、直紀さんに無断で彼のたばこの吸い殻と亡き父の毛髪でDNA鑑定を行ったんです。弟たちはその結果をもって裁判に臨み、今度は直紀さん合意のもと、再度鑑定を行ったのですが、やはり生物学上の親子である可能性はほぼ0%であることがわかったんです」(前出・社会部記者)

 一審では弟たちの言い分が認められ、血縁関係がないことが認定された。だが、高裁、最高裁では、生まれた時から一緒に暮らしていることを重視し、「育ての親との間に親子関係が存在しないとはいえない」との判決を下された。

 だが、それでも弟たちは諦めなかった。真実の兄を捜すため、賛育会病院の分娩台帳を検証し、調査会社などに依頼して、2011年秋に武史さんを見つけ出したのだ。一方で弟らは、直紀さんに対し、相続された遺産を取り戻すための裁判を起こした。

「父親の遺言では直紀さんの取り分が非常に多かったんです。遺言は直紀さんが実子であることを前提として父親が遺したもの。実子ではないことがわかっていたならば、そのような内容の遺言にはならないというのが弟たちの言い分でした。同時に弟たちは1999年に亡くなった母親の遺産相続分についてもやり直しを求めているのですが、裁判でのやり取りは、激しいものとなりました」(前出・社会部記者)

 その理由について、一家を知る人物は言う。

「なんでも、お産の時に用意していた産着とは違う産着を、沐浴を終えた直紀さんが着ていたそうで…。お母さんはそれがずっと心に引っかかっていたみたいなんです…。それに直紀さんの容姿や性格が他の兄弟と似ていないことを、近所の人や親類からよく言われていたんです。お母さんは決して口に出すことはありませんでしたが、“直紀は自分の子供ではないかもしれない”と疑っていたかもしれません」

※女性セブン2013年12月19日号

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