書店員が「こんな小説を届けたく仕事している」と再確認した書

NEWSポストセブン / 2013年12月17日 16時0分

【書評】『ヒーローインタビュー』坂井希久子/角川春樹事務所/1680円

【評者】藤原洋子(ブックファースト豊中店)

 兵庫県生まれの私にとって“野球を見る”ということは“阪神タイガースを見る”ということだった。シーズン中のわが家のテレビは必ずタイガースだったし、「どこのファン?」と聞かれたらタイガースしかないわけだ。…いかにも野球小説を紹介するかのような前置きだが、本書は野球のことはよく知らなくても問題なく読める、ある1人のプロ野球選手にまつわる感動物語だ。なので、野球小説か、と敬遠するのはちょっと待ってほしい。

 仁藤全はドラフト8位で阪神タイガースに入団したものの、これといった活躍もできず、万年2軍といわれても仕方のないような選手。というわけでヒーローインタビューは受けたことがない。高校時代に活躍したからこそのドラフト入団だったのだが、人生うまくいかないものである。

 そんな仁藤について、彼にまつわる人々が語りはじめる。はじめは想いを寄せる人から。続いて仁藤の担当スカウトマン、後輩のドラフト1位選手、敵チームのピッチャー、高校時代バッテリーを組んだ親友。彼らの話から、不器用で真面目でひたむきな仁藤の姿が浮かびあがる。彼らにとってのヒーローである仁藤の姿が…。

 そして、語る側の人生も見えてくる。たとえば、妻子に恵まれそれなりの生活を送る高校時代の女房役・鶴田。彼はある罪悪感を抱えながらも、まだ小さい息子から漂うカステラのような香りに癒され、「大渦に流されようと抗おうと、人間の幸せの感受性ゆうのはこういう些細なことに反応する。

 俺はちゃんと身の丈に合うた場所に流れ着くことができたんやろな」と感慨にひたる。過去の出来事を拭いきれなくても、何も特別なことはなくても、目の前の現実に穏やかな幸せを感じることをそんな表現で綴るのである。

 この作品には、ヒーローインタビューのお立ち台には上がれない人々に焦点を当てた、どんな人生をも大きく包み込むような包容力がある。語られる一人ひとりに対したまなざしが優しく、深く、大きな器のようだと感じたとき、スポットライトを浴びられなくても、これまでのがんばりや失敗や挫折が無駄ではないのだと不思議な安心感を与えてくれる。こういう小説をより多くの人へ届けたいと思うから書店員をやっているのだと、自分の中で確認できた一冊だった。

※女性セブン2013年12月26日・2014年1月1日号

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